▼選択の時

多くの忍の命が代償となった第四次忍界大戦の夜明け、大筒木カグヤと黒幕は再び封印された。
歴史は繰り返すもの。いつまたあの者たちが復活するやもしれない。その時は誰にもわからない。
しかし恐怖に怯えて生きる必要はないのだ。
訪れた平穏に忍たちは身を休めていた。

帰還後、終戦を期に五代目火影千手綱手は引退を表明した。参戦における負傷も要因の1つではあるが、綱手はこの節目に、新しい時代へと手綱を受け渡すことにした。
戦後の忍世界が少しずつ平穏を取り戻す中、木ノ葉隠れは顔岩の工事に着工した。
世界が始まる。


本日の火影邸は忍たちが忙しなく出たり入ったりの大賑わいである。もっともこれの殆どは前任者の多すぎる荷物を運び出す作業要員で、雑用に選ばれた忍の一人・はがねコテツは、荷物に視界を遮られつつ階段を降りていた。残念ながら 山のように積まれた書物の間からでは、階段を駆けあがる意中の人物に擦れ違ったと気がつかなかったようである。

コンコン。

「どーぞ」

「失礼します」

断りの声のあとに火影室の扉が開き、入室した忍はすぐに正面へ向き直って頭を下げる。

「お呼びでしょうか、六代目様」

次代の火影は椅子に鎮座していた。

「堅苦しいね。前みたく呼んでちょーだいよ。シズク」

弟子の他人行儀な挨拶を聞いた次代の火影は、心外だというように眉を下げた。

「えっへへ、一回やってみたかっただけ」

シズクは恭しい態度を急変させ、悪戯っぽく笑みを浮かべる。大戦で一度命を落としたとは到底思えぬ程に彼女は元気である。


「六代目火影はお前がなれ」


親友の遺言叶って、カカシは先日六代目火影に指名された。下された際にカカシの脳裏を掠めたのは、自分よりよっぽどその座にふさわしいであろう弟子の影だった。
カカシを“千の技をコピーしたコピー忍者・写輪眼のカカシ”たらしめていた瞳術はもう左目には存在せず、同時に雷切も使えない。経験と基本戦術こそ心得ているが忍としては若い世代に力負けするだろう。
火影になり、民を支え、平和な里を築けと、カカシは任を受けた。
不安はある。怯まずにはいられない。しかし、師匠と親友と弟子の夢である火影になることを、素直に嬉しく思っていた。

就任式を待つ身であるため、未だ忍者ベストの、通常の忍装束。実感はゆっくりと遅れてやってくるようだが、じきにここからの眺めにも慣れよう。


「それでカカシ先生、私に用って?」

六代目火影は端的に内容を告げた。

「お前さ、オレの付き人になってくれない」

「え?」

ポカンと開けたシズクの口からは僅かに声が零れる。
デスクを立ち、カカシは振り向いて窓に指を這わせた。秋晴れに賑やかな町並みがよく似合う。
カカシの大切な人たちが守ってきて、大切な人たちの眠る町。

「オレはだらしない先生だったけど、ミナト先生やオビトや……殉職した忍たちに託されたこの里を しっかり守っていきたいと思ってる」

「うん」

「でも忍界のホントの平和ってヤツを探すのは楽な道じゃない。オレも道を見失うかもしれない……そういうとき、お前がすぐ隣にいてほしいんだよ」

風景から離された視線が流れるように自分に向けられた。真剣な表情にシズクの胸がいつもよりはやく波打つ。
カカシにはぜったいの信頼がありながらも、その関係が非常に複雑なバランスで成り立っているということはシズクもよくわかっていた。シズクにとってカカシは父親同然で、尊敬する恩師である。カカシにとってもまたシズクは娘同然で、手塩にかけて育てた弟子だ。
一方で、カカシが彼女に向ける愛には男女のそれも混じっている。

「……ま、正直いえば下心がないわけでもないんだけど…お前の気持ちもちゃんとわかってるつもりだ。シカマルとの人生もあるだろう」

両の黒目が常のように優しく、僅かに切なげにゆっくりと弧を描く。

「けど……お前の忍としての時間はオレにくれないか」

カカシは木ノ葉隠れの里を仕切る人間になる。その覚悟は、隠れ里と結婚するようなもの。この里の大黒柱として生きること。
しんと静まり返った室内、低い声にはプロポーズのような響きがあった。


「カカシ先生」

シズクは戸惑いがちに名前を口にしたが、二の句が続かない。

カカシの願いに答えたいという気持ちはとても大きい。大切な存在、この人は里を背負う影となる。今まで自分を近くで支え、守ってきてくれた人へ、微力ながらも恩返しもしたいとも思っている。

しかし、シズクには別の夢もあった。
窓の向こう、町並みにを力強く見守る歴代の顔岩に、新しくカカシの顔が加わったのが見えた。

「カカシ先生、私は」

迷った末にシズクは答えを出した。


*

その日の夜のこと。

日付ももうすぐ変わろうかという時刻に、奈良家本家の離れには未だに蝋の灯りが灯っていた。
僅かな明かりの下、書斎の机に向かうは若き十六代目の首頭である。
一族を束ねていた父シカクが先の戦争で殉職し、家督はいよいよ息子に引き継がれた。一族を一手に受け止めることになったシカマルは、少しでも族長としての仕事を把握しようと伝書に目を通していた。

書斎の障子越しにシズクは声をかける。

「シカマル 入ってもいい?」

ああ、と返ってくる。

「まだ仕事してたんだ」

シカマルは筆を置いて振り返った。見るとシズクは寝間着に着替えていて、障子のすぐ手前に正座していた。その貞淑さがなんともシズクらしくない行動で、シカマルは眉を寄せる。

奈良家から見たシズクの今の立場は居候である。ペイン襲撃でシズクが住んでいた奈良家所有の建物は吹き飛んで。あれから月日が立たずに戦争が勃発して、再建はしていない。ヨシノの計らいでシズクは身を置いている。居候として、と考えるとこの“引き”は分からなくもないが、何か引っ掛かる。

「こんな時間にごめん。話したいことがあって」

「何だ?」

「カカシ先生がね 私を付き人にしたいって」

シカマルは思わず白目をむいた。

「さすがはカカシ先生。手が早ェな」

敵ながら天晴れ。めんどくせーの代わりにシカマルは小さくため息をつく。

「で、お前なんて答えたんだよ?」

シズクは一度手元に視線を落とし、間を置いて。


「……引き受けられないって答えた。それと、」

今度はシカマルの目を見て。

「私を雨隠れへの長期任務に派遣してくださいってお願いしたの」

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