▼blue bird
西からの風は、木々から木の葉をさらってゆく。
散る葉に紛れ 黒い服に身を包んだ長い行列が見える。見知った顔 見知った場所。皆 同じ方向へ姿勢を正し、それぞれに思い耽りながら涙を流している。
「なんだか、まだ夢みてるみたいだね」
呼ばれる前から、背後に誰がいるか位分かっていた。シズクは色づいたイチョウの木に寄り掛かり、オレが眺めていた風景を覗きこむ。
「行かないの?サスケ」
「オレが行ったら場を乱す」
「じゃあどうしてわざわざこの高台から見てるの」
葬式はとうに始まっているだろうに、喪服を着ながら参列してないシズクも大概だ。
「お前は行かなくていいのか」
「サスケが一緒に行くなら、行く」
そう言い、枯れ葉を踏み締めながらシズクはオレの右隣へ移動した。
「ネジだってサスケの奪還任務に参加してたんだよ。里に帰って来たってこと、顔見せて証明しないと」
「……」
「あのときの任務が数年越しで遂行されたってことをさ」
屁理屈だ。
ナルトを庇い、日向ネジは忍界大戦で殉職したと聞いた。その名は同じく殉職した忍たちとともに英雄として語り継がれ、あの御影石の慰霊碑に刻まれる。
奴の目には正しいものが真っ直ぐに見えていた。
今のオレは灰色の存在だ。木ノ葉隠れの里に戻ってきて尚、もとの道とは相容れない。ナルトが阻止しなければ、この手で隠れ里を恐怖による支配のもとに置こうとして この罪は深い。
数年来の会話だというのに、こうしてシズクが何気なく話をすることにすら、オレにはどこか違和感がある。
「私さ、死んで思ったんだ。償いはしとかなきゃって。死んでる人にも……生きてる人にはなおさらね」
パシ。シズクはオレの健在のほうの手を握り、強引に 丘の斜面を下りはじめた。
「償いならするつもりだ。投獄だろうが死罪だろうがな」
戦争が終わり、忍たちはそれぞれの里へ帰還した。まずは死者を弔う。心身の深い傷を立ち上がれるまでに癒やした後に、やがて戦後処理にかかるだろう。マダラたち“暁”は既にいないが、大蛇丸一派、カブトなどの 戦犯の処罰が待っている
里を抜け、五大国の掟を破り、重役を手にかけたオレにも。
シズクはオレに脇目をふり、クスクス笑っている。
「バカだなぁ」
「何がおかしい」
「そんなことさせない。罪人の命を持って果たす償いなんて、昔の悪習と何も変わらないじゃない。そうでしょ?戦いは終わった。これからは新しい木ノ葉に生まれ変わるの」
「だがお前たちに……」
「“お前達”じゃない。“オレ達”でしょ。サスケ」
ナルトもこいつも、繋いだ手ひとつで対岸の人間を引っ張り寄せる。シズクは足を止めてオレを見つめた。
「この先、またどこかで誰かが敵になったって、私たちはサスケの味方だよ」
幼すぎる衝動から、存在の意味も見ない振りをして、この里にあった何もかも突き放した。身勝手な旅は自由とは程遠く惨めで虚しい。オレの隣にはこの先もう二度と誰も立たないと思っていた。
アカデミーを入学して最初の隣の席に座っていた。はじめて見たとき、こいつとどこかで出会っているような、不思議な感覚に陥った。
その予感は間違ってはいなかったのだ。転生者という鎖に繋がれていたのだから。シズクが他のくの一と違うように見えていた一因も、おそらくそれにある。
転生者の終局に身を投じるなら、シズクはオレの元に跪き献身することになるはずだった。
だがシズクはそれを選ばない。
彼女は転生者とは全く関係のない人物を選び、自分自身の道を歩く。
鳥のように解き放たれ、不安のうちに飛び立つも道を見失わないお前に憧れた。お前のように素直であれば自由になれるのか。
壊した時間を治したい。
今のシズクはオッドアイ。その眼の片方は薄紫の波紋模様。オレの瞳の片方は輪廻写輪眼。細部は違うが、同じ眼はもうオレたち二人にしか揃えられない。
オレたちだけが知っている。
「お前は変わらないな」
変わらないものなんてないと分かっていながら呟いた。
止めていた歩みを再開し、丘をゆっくり降りていく。
ナルトたちの姿が見える位になったころに、シズクの手を吹っ切って一言だけ告げた。歩みは止めずに。
「オレは旅に出る」
「そう言うだろうと思ってた」
シズクはただ肯定して、参列者の最後尾へと並んだ。
「里にいなくても、木ノ葉の忍として生きることはできるよ。仲間として 一緒に生きよう」
日向ネジと刻まれた真新しい白い墓石に、あざやかな木の葉が飛んでいく。
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