▼スピカ
私は一度死んだ。
螢火の術で霊体として蘇りまた死んだ。
あのときもう本当に戻らないと覚悟した。
人はいつか必ず死ぬ。命に限りがあって、誰にだって平等に訪れる。はやいかおそいか、それだけの違いで。
何もこわいことじゃなくて自然なことだと気づいたの。
なのに私はその円環にさからった。もう一度生きたいとわがままを通してしまった。
シカクおじさまやいのいちさん、ネジ、たくさんの忍が戻らないのに、私だけがまたこの地に来てしまった。
もう死ぬことはこわくない。
でも生きることはちょっとこわい。
胸がなんだか苦しい。
“わたし、生きてていいの”
私の臆病に、シカマルはめんどくせーと笑った。
そしてこうも言った。
答えが見つかんねェならオレのために生きりゃいい、って。
待っててくれたんだね。
立ち上がるとき、自分の体に久しぶりという感覚もなくて、傷跡ひとつ残っていなかった。やっぱりこれは私の体なんだなあと、不思議に思う。
二本の足で自分を支える。
シカマルからようやく解放されると、待っていたかのようにサクラといのの腕が伸びてきた。すぐ後ろから綱手もあとを押して寄ってくる。頭をわしわしとなぜられて、抱き締められる。
たくさん話したいことがあるよ。これからゆっくり話そう。
ただ今はそれを断って、去り行くひとつの背中を呼び止めた。
「カブト」
背中は振り向かない。
首が僅かに傾いて、片眼だけ私を捉えた。
「キミに確かに返したよ……チャクラも、お節介のほうもね」
お節介が指す意味は、螢火で薬師ノノウを呼び寄せたことだろうか。あの洞窟に隠れてる、私とこの人だけの秘密。
「ありがとう」
この世界に連れ戻してくれて。
何よりあなたが今ここにいてくれて。
詳しく言わなくても、頭の良いこの人はきっと解るだろう。
逆らってでも、あなたたちは私を望んでくれた。
父さんの眼の眠る瞼をそっと指先でなぞる。景色を見るこの眼は半分が淡い紫色をしている。
岩肌のてっぺんに立ち、見下ろす風景には色とりどりの装束を纏った忍たちの姿がある。
どんな武器でも忍術でも、憎しみでさえ、みんなやその絆を壊すことはできなかった。
ここまでの人生、歩いていく中で時々、悲しみも孤独も絶望も孤独も落ちていた。
受けた傷の痛みに理由があること、今ならわかるよ。
生きてきた証だから忘れたくない。
つらい記憶でも、いらない記憶なんてひとつもない。すべての日々が私を動かしてる。
それでも苦しいときは、あの山の遠く向こうにある、私たちの故郷の名前を唱えよう。
そして仲間を迎えに行こう。
帰ろう。私たちの里に。
この眼なら命を呼び戻すことができるだろう。死者が帰ればもう泣く人はいなくなる。
でもそれは選べない。
私は私の命を引き換えにできない。
生きたい。
できないならせめて。
風に髪をなびかせながら、両方の手のひらを空に翳した。ケガを治すときのチャクラをありったけ。
「陽遁・掌仙慈雨」
冷たい風が吹く秋の空に、チャクラが天気雨のようにさあっと降りだした。
「何回目だっけな……お前のこの術」
安心する声が隣にいつもいる。
あなたは無から形を造り出す。
私はその形に命を吹き込む。
はぐらかしてもあなたは全部覚えてるんだ。
“私、生きててもいいの”
その答えが今はわからないから、誰かの幸せのきっかけになりたい。
今は頼りない光だけど必ず、私そばにいるから。
どうか教えて。あなたが恐れてる何か。
やさしさの奥の弱さ。
どうかみんなで、前に進めますように。
どうかその傷が癒えますように。
私が傷口を埋めます。
「あ、この雨……」
遥か遠くの谷、サクラの指先がとらえた光を目にして。
「呼んでるってばよ」
「ああ…」
「帰ろうか」
残る三人もふっと顔をみせあって笑い合った。
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