▼いつも二人で

どれくらいそうしてたか 数分か数時間か、どこかから聞こえる会話の 聞き慣れた声が耳を掠めた。五代目やチョウジたちが戦場の状況処理を終え いつの間にかこちらへ向かって来てるらしかった。

もうちょいでいいから放っといてくれねェか。自分ってモンがかち割れそうな程なのに、頭はやけに冷静だった。イヤ からっぽなだけなのかもしれねぇな。
もう放そう 放そうと思っても体は梃でも動かない。今手放せばもうコイツは里に転送されて、あとは葬儀で、触れることも叶わなくなってもう二度と届かねェ そう判ってるからこそ 離れがたいんだよな。

だがいい加減もう時間だ。立ち上がって、皆んとこ行って、後始末をして里に帰んだ。
別れの時間だ。


「お前……!何しに来た!!」

誰もが殉職者を憚って言葉を慎んでいた所に、急に努声が響いた。
誰だよ。最期くらい邪魔すんなよ。

「彼女を看せてくれ」


一息おいて、それが自分にかけられた言葉だと気付いた。正面に立っていたのは薬師カブトだった。数年前、中忍試験で見た容姿と現在の風貌はかけ離れ、大戦前に見た調査報告書とも違っている。微かに面影が残ってはいたが。
戦線の果てに暁側から抜け、サスケの命を助けたと聞いたが、それでもコイツとは 以前のように仲間とは一線離れた関係にある。どうあっても信用ならねェという気持ちが払拭できねェ。

「何の用だ」

「心配しないでくれ。キミにも 勿論彼女にも危害を加えるつもりはない」

カブトは今の外見に不釣り合いな眼鏡のブリッジを指で押し上げ、オレではなく 遺体になったシズクを見下ろした。

「彼女には2つ借りがあってね。そのうち1つは……彼女から拝借したチャクラだ。随分前にサンプルとして奪ってた彼女のチャクラを、ボクは自分の体に取り込んでいる」

胸の奥がぐらりと揺れた。

「そのチャクラをボクの体から抽出し、それを誰かに再注入することも可能だ。サスケ君にそうしたようにね」

カブトは笑みを見せた。裂けた口のせいで否応なしに怪しく映るが、真意をもっての表情だろう。

「そんな話信じられるかよ……サスケと違ってこいつはもう死んで1日経つんだぞ」

「彼女の身体エネルギーはまだ体に残留している。キミたちに分け与えた精神エネルギーさえ戻れば、雨月一族の強靭な肉体は蘇生する」


助かる、?


「……さあ、どうする?」

神様の救済ってヤツか。
それともこの場合悪魔の手を取ることになるのか。
外法の業だ。人間の従うべき循環から外れることになる。

オレの肩に眠るシズクの、冷たい横顔に目線をずらす。こいつは、もし選択を迫られたらどう答えるだろう。もう一度生きてェと言うだろうか。オレたちが守れなかったからシズクは死んだ。みすみす死に追いやって、今度も守れるかなんて判らねェ。こんな傷ついて、生き返ったらまたシズクは忍として戦って 辛ェ思いをすんじゃねーのか?

死体は絶対に答えねえ。

ただ。
何の保証もないけど、オレはこいつに生きてて欲しい。今までのようにこれからも オレの隣で笑っててくれよ。なあ。めんどくせーって愚痴、聞いといてくれよ。
それだけで答えは十分なはずだろ。



頷くと、カブトの腕から伸びた小さな蛇がこちらに近づき、シズクの長い髪を掻き分けて肩口辿り着いた。蛇は鋭利な歯を覗かせ、そっと肌に突き立てた。

―――――――――どくん。

弱々しい鼓動が オレの体に直接伝わってくる。
オレの鼓動に重なったり、ずれたりする 違う脈拍。伏せられていた睫毛が微かに揺れて 瞼がゆっくりと――、

「わあああああ!!!」

「うわっ!!」

カッと急に目を開くなり目の前の人物は絶叫。その結果額をしこたまぶつけて、頭突き。

「いっ、」

「痛ぁ!!」

「……!」

瞬きを繰り返しても消えない。数秒前まで亡骸だったシズクの手が、体が、表情が。間違いなく目の前で、額に手を当てて痛がっている姿に変わった。

生きてる。
今度の今度は、霊体でも幻術でもねェよな?


シズクは事態を飲み込めていないようだった。あたふたと世話しなく顔を動かしている。

「シカマルの顔どアップでびっくりした………って、…え?え?」

当然っちゃ当然だ。死んでんだから。
しかしだ。

「ここが天国かあ……あんまし変わんないんだなあ。……あっ、まさか天国と見せかけて地獄?ていうかなんでシカマルもいるの?」

うるせェ。

「おい、」

「あーあ、イルカ先生にした数々の悪戯が神様にバレたのかなぁやっぱ でもさすがに地獄とは」

「話聞けっつってんだろ!」

いつまでも無視してやがんだ。オレはシズクの片頬を摘まみ勢いよく横に引っ張った。

「いひゃいっ!」

横に歪んだ顔で、シズクはやっとオレを見た。まんまるの瞳を大きく開く。その瞳のなかに映り込んだ自分をみつけた。

「…………シカマル……死んでないよね?」

「遅ェんだよ この超バカ」

信じていいんだよな。さっきまで陶器の人形みてェだった頬が、こんな柔けェこと。

「うそ!だって私死んだのに……なんで?何がどうなってるの?」

衰弱してると思いきやこれといって不調でもないらしく、普段通り気丈に無邪気に、オレを見つめ返してくる。散々心配させた癖になんでこんな元気なんだよ。腹立つ。教えてやんのもめんどくせー。

「シズクが、」

「シズクが……生き返ったァーーー!!!」


周りを取り囲んでいた忍たちが歓声をあげた。サクラといのはお互いに抱き合い、また涙を流している。

「?」

不思議そうに首を傾げるシズクを見ていたらオレは泣き出すのもばからしくなるくらい憎たらしくなって。それより嬉しくて。
もういっぺん会いたかったなんて絶対言ってやんねェ。言葉のかわりに、シズクを強引に抱き締めた。

「わっ!!」

らしくねェけど。恥とかそんなん構ってられっかよ。
耳元でシズクの慌てふためく声がする。後ろからキバか誰か、若い忍がヒュウと口笛を吹き手を鳴らして囃し立てている。うるせェな。邪魔すんじゃねェ。

「シ、カマル、痛い!ちゃんと説明してよ!それに、みっみんな見てる……っ」

「るせー。知るか」

オレの照れ笑いがあちらに見えてないのが都合良い。お前は多分顔も、耳まで真っ赤にしてんだろ。こちとらお見通しだ。もうお前の言い分なんざ聞かねェよ。振り回されんだから。

「シカマル……わたし…生きてるの?」

「見りゃわかんだろ」

「……生きてていいの……?」


歓声に紛れてぽつりと呟かれたシズクの声は、おそらくオレにしか聞こえないもので。先までと違いか細く、不安の色が見えていた。

「めんどくせー事聞くなよ」


冷たい秋風でもなんでもお前は恐れずオレの先を行き、進むべき道へと導く。まだ小さい光。まるで螢みてェにな。
お前が生きてていいかなんてくだらないことを問うなら、
オレのために生きればいいとオレは答えるだけ。


「シカマル」

「お前のことはもう信用しねぇからな」

「え、ええ!?」

「約束も金輪際しねー。離れんなっつっても離れるし」

「シカマル、」

「全部裏切られるしよ」

「お……怒ってる?」

「かなりな」

だからもう。


「離さねぇ」

無理に答えなんて出さなくたっていい。そのうちいつか見つかんだろ。変わらねェ強さで、灯した灯だけ消さなけりゃそれでいい。これ以上怖ぇモンはもう無い。何かあっても、オレたちはいつも二人で。

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