▼託児所「人生色々」
15歳の医療忍者月浦由楽と、名前だけ持っている赤ん坊との出会いから、数日後。
「おっはよ」
久々に中忍待機所に顔を出した由楽の腕には、その場に到底似つかわしくない赤子が。集まっていた若い忍たちは思わず唖然とした。
「子守りの任務中か?」
「ううん あたしの子」
開いた口が塞がらない同僚たち。ライドウは赤ん坊を指差して青ざめる。
「いっ、いつのまに産、」
「ばか言わないでよライドウ、ムリがあるでしょ。たまたま道を通りがかったらこの子見つけたの」
「ハア?」
「引き取って育てることにしたんだ」
「ハアー!?」
「ねー」
由楽が笑いかけると、赤ん坊は小さなかんばせにきゃっきゃと屈託のない笑顔を咲かせた。
普段から野良猫や捨て犬をひょいと連れてきてしまうのが由楽の悪癖ではあったが、まさか人の子を拾ってくるとは、仲間たちは夢にも思っていなかった。
「名前はシズクっていうの。よろしくね」
「正気か?四代目がそう簡単に許可するわけ――――」
「四代目はオッケーしてくれたよ。由楽はオレの子育ての先輩になるねって。四代目様のお子さんは3ヶ月先だからシズクは同い年になるのか。楽しみ〜っ」
「四代目ェ…」
由楽は実に悠長なもので、これをまさしく無謀というのだろうて、一同は呆れて閉口せざるを得なかった。
ただひとりを除いては。
「ていうかさ」
口火を切ったのは その場で唯一暗部装束を纏っている少年だった。
「捨て子なら施設に引き取ってもらえばいいだけのことでしょーよ」
それまで遠巻きに傍観していたカカシがさらりと
常識的な見解を示したことによって、忍たちの注目が彼に集中する。
まあそうだよなと、皆気まずさ故に口篭るが、由楽は赤ん坊をぎゅっと強く抱きしめて眉を寄せていた。
「孤児院には引き渡さない。カカシだって聞いたことあるでしょ?戦争孤児が育つ施設で暗部要請部門が斡旋してるって噂!」
「そいつがただの赤ん坊だって本当に信用できる?敵国のスパイの可能性は?第一さ、忍としても人としても未熟な身で何言ってんの」
カカシがわざわざ進言するのにはわけがあった。
忍界大戦の折、こどもを利用した戦略が絶えなかったのだ。敵方のスパイが孤児を名乗って木ノ葉へ侵入したり、何らかの術をかけられたこどもが里に放られた。
チームメイトが似た手口の犠牲になったカカシにとって、危惧は人並み異常である。
「スパイの可能性はない。情報部でいのいちさんに調べてもらったけど、何もなかった」
カカシの問いに由楽は毅然として答えた。
情報部一の手腕を振るう山中いのいちの名が出たことで、敵の手引きである可能性は低く感じられる。とはいえ、やはり、由楽の考えは向こう見ずにも程がある。カカシを筆頭に仲間たちはあれやこれやと説得を試みたが、同期連中で最も楽天的な性格の由楽は 目を輝かせるばかりで、ついには満面の笑みで仲間たちに新入りを近づけた。
「この子はあたしが見つけたの。連れてきたからにはあたしが責任取る」
一度主張したことは二度と覆さない由楽の強引さをわかっているだけに、皆返す言葉がない。
信じる、それしか。
由楽の腕の中、まだちいさくあどけないシズクを眺める。
「…聞きやしねェ」
その場にいる忍たちは彼女と赤ん坊の動向を、ひとまず見守ることとした。
―――とはいったものの。
「そんじゃ、あたしこれから任務だからさ。後よろしくね!」
「は?」
「ライドウ、ちゃんと抱っこしてて!首すわってないんだ」
「は!?」
由楽はどこまでも強引で、シズクをライドウの腕に預けたかと思うと 瞬身の術で颯爽と消えていってしまった。
今しがた責任を取ると豪語したのは誰だったか。残され、忍たちは途方に暮れる。
赤ん坊を抱いてるのがどうしようもなく居心地悪いのか、ライドウはシズクをカカシの方に押し付けようとするも、あっけなく逃げられてしまう。
「オレも行くよ。ゲンマに伝言伝えに来ただけだし」
「ちょっ、ひど!カカシてめー!」
「オレ子ども嫌いだからパス」
「なぁ、もうギブアップ!カカシのが外見おもしろいし年も近いし好かれるだろ!」
「17も14も変わんないでしょ。それにオレの精神年齢はライドウより高い」
「仮にも先輩に向かってなんてやつだ…じゃゲンマ、子守りは!?」
「オレは女相手なら受けいいんだけど、赤ん坊じゃなあ」
「さりげなく自慢してんじゃねーよ…」
「じゃ折衷案としてガイを呼ぼう。インパクト大だ」
「やめろ、この子の人生を早々に狂わせるつもりか!?あんな濃い生き物みたら今後の価値形成にどう影響するか!」
「ばー?」
「くそ!ここは奥の手……禁断のくのいち寮に足を踏み入れるか」
「オレたち3人の命を引き換えにか」
「ま、セットでゲンマがついてくるならくのいちも文句ないんじゃない」
「本人の決定権なしかよ」
「早く預けに行こうぜ!人生色々が託児所になっちまう前に」
「あうーっ、だあっ」
ふっくらした頬にふわふわの柔らかな髪の毛、こんなか弱い小さな生き物ににこっと笑われたら、強面の男たちとて厳しい顔でいられるわけがない。
「かっ、……かわいいな」
結局、案外面倒見のいい3人である。
「大変だ!おむつ替えねえと!」
「誰がやるんだよ」
「んじゃ、じゃーんけんぽん」
「あ、負けたァァ」
「やっぱライドウじゃん」
「カカシ今写輪眼使ったろ!」
「何やってんのよあんたたち……あら、どうしたの?この赤ちゃん」
「紅!助かった!」
その日を皮切りに待機所はシズク専用の託児所となり、強面の上忍たちが文句をこぼしながらも口許を緩ませて赤子の面倒を見るようになったのだった。
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