▼これから宵は待たない

六道仙人・大筒木ハゴロモには二人の息子がいた。
十全十美な兄の名をインドラ。仙人の眼を授かり、“力”が第一と説く。他方、弟のアシュラは生まれながらの不器用であったが、“愛”こそが平和に必要と悟る。六道仙人は後者を受容した。

「ワシには二人の息子の他にもう一人、末子にシャシという娘がおった」

その名こそ、つい今しがた誰かが地上で呼んでいた名前である。

「本名が語られることは殆ど無く、世俗では待宵姫と呼ばれておった」

「!」

その通り名に、シズクの頭の中で六道仙人と過去の記憶とがようやく合致した。かつてうちはイタチとシズクが遭遇した際、彼が話して聞かせた人物こそがその待宵姫。兄弟の仲を取り持つため、ものを治す力を与えられた末娘だ。

「イタチが言ってた人物ですね」

「シャシの能力は制御するにはあまりに不安定で、夜にならければ表へ出られなかった。それでこのような俗称がついたのだろう……不自由な身ではあったがシャシは兄思いの妹じゃった。特にアシュラとは非常に仲が良かった」

我が子を語る六道仙人の眼差しに、当時を懐かしむ親の情が垣間見えた。般若のような形相に広がる慈しみの心をシズクは見逃さなかった。しかしそれは僅かな瞬間で、仙人は表情を曇らせる。

「シャシが大きくなる頃には、後の世を治める跡取りをめぐって兄弟仲に不協和が起きた」

兄と弟の戦いは日に日に激化し、当然妹は二人の仲を取り持とうと板挟みになっていった。
シャシはアシュラに近い志とチャクラを持っていた。その能力に目をつけたインドラは妹を自分の隷属下に置くため引き摺りこんだのだという。

「インドラは陰のチャクラ、アシュラは陽のチャクラ、シャシは同じく陽のチャクラを持ちつつも、陰の術を強化する能力をもっておった」

「術を強化する?」

「お主はまだそれを使っておらぬ」

ほのめかされても、シズクは全く思い当たる節がなかった。

「兎も角も、インドラは己にない力を手に入れれば弟に勝ると考えたのだ」

籠中の鳥とした妹を、力を自分の為に使わせて。インドラの懐に捕らわれようとも、シャシは最後まで兄弟の和解を願っていた。そこまで聞き、シズクの脳裏には数年来擦れ違いを繰り返してきた親友たちの顔が過っていた。
鉄の国の境で、三人が三人だけの場所に立った理由をようやく理解して。
仙人曰く、果たされなかった因縁は魂の転生を繰り返し現世に至る、と。
インドラはうちはマダラとうちはサスケへ。アシュラは千住柱間とうずまきナルトへ。そして、

「シャシの願いはお主のなかに」

宵を待ち、和解を夢見るばかりの人生。それがかつての姿であった。
この場所から外を見守っていて、シズクにも地上で何が起きているかが分かる。ナルトたちの声がオビトに届いたのも束の間、暗躍して時を待っていたマダラが遂に動き出した。自分の遺体がマダラが確保されているのも偶然とは言い難い。

「インドラの転生者たちは写輪眼という優れた瞳術を用いる。それはお主も知っておるな」

「はい」

「写輪眼が発動するの最上位の術を、我々は“須佐能乎”と呼んだ。シャシにはこの“須佐能乎”を、真の完全体にする力が備わっておった」

「完全体って言われてもピンとこないけど……えっと、マダラがインドラという人の転生者で、そのシャシの転生者である私が同じ力を持っているとわかって、目をつけたってことですか?」


六道仙人は小さく頷いた。

辻褄は合う。
目の前にふわふわと浮く忍の祖は、目の前のくのいちにかつての娘を重ねる。本当は、三人が力を合わせて泰平の世を築くことを誰よりも望んでいたひと。こどもたちの行く末を見守る父親は計り知れない時間をかけて、再会を、和解を。

「あなたはずっと待っていたのですね」

父は世を憂いながら、唇を固く結んで頷いた。


「しっかりして!!負けないで!!アンタは強い!!必ず…助かる!!」


「ナルト…!」

六道仙人の言う通りならば、ここはナルトの中。シズクはナルトの中にあるチャクラに過ぎない。そのナルトが今、地上では瀕死の状態に陥っているという、誠に奇妙な話である。シズクは六道仙人とふたりきりの空間で、心を鎮めてゆっくりとチャクラを練った。間に合うか。救えるか。


「サ…サスケが…サスケが本当に…本当に………」

「このままじゃ……このままじゃナルトが…」

「死――――…」


完全体となったマダラを前にサスケも危機に直面している。外界から響いてくるサクラや赤い髪のくのいちの悲痛な声に、シズクの胸が痛む。

「六道仙人様、二人は助からないのでしょうか?」

「ワシにはわからぬ」

「神様なのに?」

転生者のさだめに倣えば、ナルトとサスケの亀裂は戻らない。このまま二人とも死ぬ運命にあるのかもしれない。そうなればシズクは恐らくは己の意に反して転生され、マダラの手中に落ちることとなるだろう。

「お主はどう考える」

「私は」

問答されるまでもなく、シズクの考えは最初から決まっていた。

「転生者であったとしても私は私です。シャシじゃない」

夜を待つほど私は忍耐深くないから、自分はきっと真昼に飛び出していく。シズクは六道仙人をまっすぐ見上げて言った。

「ナルトはナルトだし、サスケはサスケです。ぜったいにこんなところで死にやしないし、誰の運命も辿ったりしない。私たちは……もう二度と巡らない」

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