▼笑った人から舞台の上へ
「オレが知りてーのは楽な道のりじゃねェ。険しい道の歩き方だ」
その二つの道の行き着く先が同じだとしても、お前はそう言うのか?問えば、ナルトは強い眼差しで答えを返すのだ。
「火影ってのは痛ェのガマンして皆の前を歩いてる奴のことだ。だから仲間の死体を跨ぐようなことは決してねェ!火影になる奴に近道はねェーし!なった奴に逃げ道はねェーよ!!…そうだろ!!?」
「ちょっとヘマしちまった。目に砂が入っちまって…」
リンは眉間に皺を寄せ、厳しい視線をオレに向けていた。
「ハハ…!男にゃキズの一つや二つ体に刻んどかなきゃ箔付かねーし!ちょうど箔つけとく頃合いだと思ってよ…だからこんな傷…痛っ!」
「強がって傷を隠してもダメ。ちゃんと見てんだから」
軽口を飛ばすオレをたしなめ、包帯を巻いた手にリンは自分の手のひらを重ねて。
「オビトは火影になるって私に約束した。いい…私だってこの戦争を止めたい、世界を救いたいと本気で思ってるよ。だからオビトのこと……側でしっかり見守るって決めたの。アナタを救うことは世界を救うのと同じなんでしょ」
ゆるぎない、真っ直ぐでやさしい微笑み。たったひとりのオレの隣にいてくれると約束してくれた、大切な人よ。
「私が…見張ってるってことは、もう何も隠し事はできないよ」
リンの言葉に目頭が熱くなった。止まらない。こみ上げる涙を押さえようと唇を噛み締めた。
「うん うん!」
オレは君を守れる強さを持ちたい。
「がんばれオビト!火影になってかっこよく世界を救うとこ見せてね!それも約束だよ」
「お前…やっぱり四代目もカカシ先生もリンって人の思い出も捨てられなかったんじゃねーのか?…だから十尾の人柱力になってもオビトのままでいられたんだろ。違うかよ?」
ナルトが一歩、また一歩と足を進め、オレを軸にぐるりと一周した。オレの姿を確かめ、“本当”を探し出すかのように。
「けど皆を巻き込んでお前の道をこのまま突き進むのは許されることじゃねェ!こっちの道へ来てうちはオビトとして木ノ葉の忍としてキッチリ罪を償ってもらう」
オレの所業を知った上でガキに反省を乞うように言うとはな。
「…何もかもから逃げようとしやがって…リンって人が生きてたらきっとこう言うんだろうな。強がって自分を隠すなって。ちゃんと見てんだからよってよ。お前はお前だコノヤロー!逃げんな!お前こそこっちへ来い!!オビト!!」
手を差し出される。オレは傷ついたほうの手を持ち上げる。ナルトの手はすぐそこだ。人の掌はどんな温度で、どんなかたさだったか、もう覚えてない。…嘘だ。オレはリンの掌をまだずっと覚えてる。覚えてるからこそ忘れられない。捨てられなかった。
それでもこの掌は差し出された優しさではなく、敵の首を掴んで締め上げる。
「オレはそちら側に行くことはない!今までの道に後悔もない」
圧迫された喉から絞り出される声には未だに強い芯がある。
「ちゃんと見えたって…言ったろ」
「…!?」
「だったら…今さら火影の自分なんか想像すんな!!」
鏡の向こうには包み隠さず本当の姿が見えていたのだ。そうだ、正真正銘、あれはオレの望みでもあったのだろう。オレとてそれを知りたくはなかった。
「リンが守りたかったのは今のお前じゃねーよ。うちはオビトだ」
希望は大きければ大きいほど失う絶望が深いだろう。
「またお前のせいで遅刻だな…オビト」
手を腰に当て、呆れた調子でカカシが呟いた。いつものように気だるげにこちらを睨んで。
「行くよオビト」
ミナト先生は腕組みをして、口元にかすかに笑みが浮かんでいる。
「ごめん!今いくよ」
リンが二人に答えて、オレの手を取ったまま駆け出した。つられてオレも一歩、草原を踏み出した。
気づくこともなく、振り返りもせず、リンはオレの脇を通りすぎた。どうして。オレはここにいるといいのに。名前を呼んでくれることを望んでいた。しかしこの体がまるで空気のように、今のオレはリンには見えていないのか。ずっと見てるって約束したじゃないか。
「……リン…」
悪魔の声がする。
「そう…その心の穴は自分で埋めればよいのだ」
「他人など何の力にもならん」
「さぁ…こっちへ…来て…私は無視したりしない」
オレの声がする。
「ちょっと待ってリン」
オレが振り替える。リンはちょっと不思議そうな顔で幼いオレを見ていた。 お前は誰だ。幻か。ナルトなのか。
「そう…今のお前じゃリンには見向きもされねーよ。リンが見守りたかったのはうちはオビトだ」
それとも本当のオレなのか?
「もういいだろ…オレは、うちはオビトだ!」
強い力で掬いあげられるように触れたのは、自分のものよりも少し小さな、傷だらけの手だった。
「いいから来い!コノヤロー!!皆の力をなめんなってばよ!!!」
手を引かれる寸前、背中に同じような温もりを感じた。一体何が、もしくは誰がと首を傾けてわずかに後ろを振り返った。オレの背後には誰も続いていないはずだ。しかしそこには、さっきまではいなかった面影があった。
「手を重ねて。踏み出して、オビト。大丈夫。何度だってやり直せるよ」
彼女の声はリンに似ている。口調も、優しい眼差しも。人の形をした光だ。
オレが殺したというのに、月浦シズクは微笑んでオレの背を後ろから両手で押し出した。大丈夫と呪文を唱えて。
「大丈夫。ちゃんと見てる。これからをずっと」
両手を力いっぱい巻き付けて、歯を食いしばって。どの忍も地にしっかりと足をつけて、そちら側へとオレの手を引っ張る。
とん。
背中を押されて、体がふっと軽くなった気がした。
「抜けたァー!!!」
覆っていた仮面にヒビが入る、その感覚をどう例えよう。隠していた殻を失い空から地に叩きつけられたオレは、またこの世界に生まれ落ちた。
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