▼伝心

見渡す限りが凄惨たる戦場だった。しかしその宵闇に被さるように、日差しが降り注ぐ青空が見えた。

どこかで見たことがあるような風景。
しかし自分のものではない風景の記憶。
絶望に染まろうとしていた忍たちの心に、空から天の梯子がかかるように小さな出口ができた。
それはうずまきナルトの記憶だった。ナルトと意識を繋げていた いのの頭の中に、そのイメージは濁流のように押し寄せてくる。

火の国木ノ葉隠れの里。人気のない道で、ナルトは壁にチョークをたたきつけるようにして、何かを書き殴っていた。
うずまきなるとほかげ。
る、の字は、反対になっている。


「心が…入ってくる…」

ナルトの記憶はいのを通じ、忍連合へと波及していく。

間違っていたひらがなを、隣に立っていた女の子が、ナルトに指摘した。その子ナルトからチョークを受け取り、月浦シズクさんじょう、と並んで大きく書き足した。

「感じる。これって…ナルトの心が私の術を通して……」


「あしたも、ここにくるってば?」

ナルトがおずおずと少女にたずねると、彼女はすぐに笑い返し、約束をした。

「来るよ。またあしたね、ナルト!」

「おー!またあしたってばよ!」

それまでの不安は嘘のように吹き飛び、ナルトの顔もまた、満開のひまわりのようにほころんでいた。


ナルトとシズク、二人だけが知っている。二人がはじめて出会った日の記憶。亡くした親友の幼い姿に、いのの目に熱いものが一気にこみ上げてくる。

きいきい、一人でブランコを揺らす。
目線の先には、いつもアカデミーで一緒のクラスメイトたちが“オヤ”と手を繋いで帰っていく。
ナルトはひとり、人影が全員いなくなるまでずっと眺めている。

手を繋ぐ誰かがいないから、ポケットに両手をつっこんで帰る。そうしてとぼとぼ歩いていたら、川原に誰かが一人、佇んでいるのを見つけた。
背中には赤い団扇の家紋が描いてある。
うちはサスケ。
目が合って、ナルトは急に気まずくなって、ぷいと顔をそらした。 なんだかおかしくて、顔を背けてちょっと笑った。



≪あの時…やっぱり声掛けときゃよかったって…後で何度も思ったんだ。…シズクがオレに近づいてきてくれた時みてーに…≫


話かける相手のいないアカデミー。はじめて受け取った額宛て、手のひらに重い。わけあった弁当の味。四人で歩いた任務の帰り道。
ケンカ。仲直り。ケンカ。また仲直り。ケンカ。

終末の谷のあちら側、向こうへ遠ざかっていく、背を向けるあの赤い家紋。


「こりゃ…あん時の…」


雨に打たれた喪服。一列に並んで、順番が来た。遺影の中におさまった三代目火影の顔を見ながら花を添える。
青々とした草原、サクラに支えられてその人は穏やかに息を引き取った。息をふき返した風影がそっと瞳を閉じ、祈りを捧げる。
晴れだった。黒く長い髪が墓の前に座り、真新しく彫られた名前を指でなぞった。となりで木ノ葉丸が泣いている。
死んだと聞かされて、でも帰ってきていない。あちこち旅する人だから、きっと里の墓にはいないような気がして。ひっそり石碑をつくった。その人が書いた本と白い花束を備えて。

ある忍は言う。皆から認められた者が火影になると。またある忍が言う。お前がこの物語を締めくくり最高傑作にしろと。 あの忍は言う。運命なんて、誰かが決めるものじゃないと。


「だから…オレは後悔したくねーんだ、やっときゃよかったってよ!!」

「ナルトくん……」 



愛してる、そう言ってくれた母。なにもかも許し、認め、包み込む、抱き締めるそのあたたかさ。背中を押すのは父。お前なら出来る、なんたって自慢の子だと。今は一緒に前を向く。


「オレ達がやってきた事全部、無かった事になんかできねェーんだよ!!!」

その一言で横っ面を叩かれたように、忍たちははっと我に返った。自分たちはうずまきナルトではない。孤児でも人柱力でも木ノ葉隠れでもない他里の忍、彼の人生を知り得ない人生。
しかし、忍であればこのナルトと同じように仲間や師と出会い、別れては、再び新しい仲間と巡り合う。 ナルトが仲間と笑い合う姿に心をあたため、ひとりきりの姿に胸を苦しめる。
特別な過去なんかじゃない。誰もが孤独を知っている。同じ痛みを、そして同じ喜びを、知っている。


「頼む!!我らの愛すべき子供達よ!!今こそ我ら忍の痛みから 苦悩から 挫折から 紡いで見せてくれ!!我ら忍の本当の夢を!」


今を生きろ。この一瞬を生きろ。決して無関係でも他人事でもなかった。ナルトの想いは、自分たちの想いでもある。里が、世代が、性別が違おうと、共有する思い出がひとつも無くてもこの想いは共有している。

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