▼05 統べる者(五)

好きに使ってくれと案内された部屋は、鉄塔の中腹、つまり地位に置き換えれば一般の忍たちと同じ階層に位置していた。
こぎれいで広めのワンルーム。冷蔵庫の中には数日分の食料も用意してあり、気配りが行き届いてた。

「はあああ〜」

はしたない。けど構わない。
脱力。ベッドにごろんと横になっり、のりの効いた真新しいシーツに頬を押し付けたまましばし、放心。とっぷりと暮れた空が反転した。

いやいや、長い初日だったなぁ。

今しがた終えた会議を反芻し、自ずと深い溜め息が部屋を満たす。
使者らしく、すまし顔を通しておけば良かったのに。初対面の会合で生意気言ってしまった。この堪え性のなさに我ながら呆れてしまう。
堪え忍んでこその忍ってものなのに そういえば、雲隠れでもおんなじ類いの失態をしでかした気がする。
こういうのはデジャヴとは呼ばない。学習してない、んだ。
シカマルが聞いたらさぞ笑うんだろうな。


「……シカマル いないんだった」

咳をしてもひとり。
声に出すといっとう静けさを感じられた。

起き上がり、雨垂れが伝う窓ガラスに向き直る。映る自分の姿の奥に、聳え立つ尖塔。雲は厚く 星は数えられない。

任務内容の公言を控えることは忍者としての暗黙の了解、ただし木ノ葉隠れのコミュニティではあってないようなもので。任務終了後ことあるごとに私はシカマルのところへ行っていた。いつだってに愚痴を溢した。
完遂したら鼻高々に。
失敗して大目玉を食らったら泣きつきに。
それが日常だった。

この窓を開けてちょっとジャンプしても、隣の窓はない。
シカマルはいない。
初対面の里長から胸が小さいと指摘されたことも、顔合わせで雨忍たちに失礼をはたらいたことも、話せない。
思えば、一月かかる任務はざらにあっても こんなに長期間離れたためしは今まで一度もなかった。


離れるって こういうことなんだ。

自分で選んだはずなのに、巨大な隕石を打ち付けられたみたいにずしんと心に重くのしかかる。

あんまり考えないようにしよう。どれほど思いを募らせたって、もう雨隠れに着いちゃったもの。この里に任務で来たからには使命を全うしなくては会わせる顔がない。

私はベッドに座り直すと、忍具ポーチから一冊の手帖を引っ張り出した。
テル様からいただいた 小南の手記だ。
ページをめくると 細くすらりとした、美しい筆跡が目に入る。



アナタに宛てて全てを出来事を認めるにあたり 自来也先生と共に過ごした日々が思い出される。
自来也先生はよくものを書いていた。
戦争孤児の私達に読み書きを教えたのも彼だった。
言葉で残すこの使命が 先生から 弥彦や長門ではなく 残る私に引き継がれた。
誠 事実は小説より奇なり。


始まりから綴るとする。

××年2月20日。

戦火に巻き込まれて家と両親を失い、隠れ里の辺境に身を潜めていた私は、この日 同じく戦争孤児であった弥彦と出会った。
歳幼く 生まれた日付すら覚えていなかった私たちは、出会った日を始まりの日とし、自分たちの誕生日とした。

それから数日と経たぬうちに長門と出会い、以後 二人がそれぞれ息を引き取るまで 私は共に在り続けた――


「幼なじみだったんだ……」


そこで私は一度目線を上げ、ペインが木ノ葉に襲来した日を思い返した。
長門だけでなく、ペインの一体を己の術で丁重に包んでいた小南。死して尚大切な人だと、弥彦と長門の二人は自分にとって全てだったと去り際に語っていた。

あのあと 幼馴染み二人を連れてこの里に帰還し、小南はどんな気持ちで最期の日々を過ごしていたんだろう。

彼女の筆跡に指を沿わせながらも、私の脳裏を過ったのは、私自身の幼馴染みの顔だった。



*


煙が と今日は何回か思う。

ヘビースモーカーじゃねェし 第一オレは未成年で 喫煙経験もたったの数日だった。
苦いしマズイし煙い。
良いことはねェ。
だが時々必要になる。
コレが口寂しいっつーことなのか。季節の変わり目とか、誰かの命日に近づく時期は特に。欲しくなる。

単純な話 疲れてるだけだと思いてえ。



今夜は寒々しい冬の夜で 澄んだ空には星も多い。ただのんびり数えてる暇はねェ。片付けなきゃなんねー仕事は山のようにある。
短い休憩を終えて関所に戻ると、めんどくせー客が待ち構えていた。

「おぅシカマル!待ってたぜ!」

こんな夜更けまで相変わらず元気な奴だ。

「ナルト お前明日帰還じゃなかったか?」

「あんな任務、あっちゅー間に終わらせて帰ってきちまったってばよ!」

言いながら、ナルトはニヤニヤと気持ち悪ィ笑みを浮かべて寄ってきた。「なあシカマル、ちょっち頼みがあんだけどさ。一楽でも焼肉Qでも、なーんでも奢ってやるからよ!」

嫌な予感しかしない。

用件を聞き出せば 案の定無理難題を押し付けてくるもんだからめんどくせー。

「却下」

「えェェー なんで!シズクは雨の里に任務に行ってんだろ!」

「あいつのは協定に則った正式な任務だ。それ以外に先方からは任務要請もねェよ。なのにお前が雨隠れに行くなんて無理に決まってんだろ」

「じゃあオレもそのキョーテーで頼む!な!一人も二人も変わんねェだろ」

一人から千人まで増員可能なヤツがそれを言うかよ、フツー。
自分ひとりが欠けることで里の戦力が傾くって発想がないらしいな。

「そもそもオレ相手に志願すんのはお門違いだろ。六代目んとこ行けよ」

「うっ」

小さく呻くなり ナルトはオレから目を逸らした。
やっぱそうか。六代目に御払い箱にされて、性懲りもなく今度は任務の調整役のオレを宛にして来たってわけだ。忍界大戦の立役者の癖して、こういうとこで物分かりが悪ィのは前から変わっちゃいねェ。ったく めんどくせーからって六代目はテキトーにあしらったみてェだが、後任教育は自分でやってくれ。


「いいかナルト、」オレはナルトに椅子を進めた。

「シズクの嘆願一本で雨隠れ行きが通ったわけじゃねェんだよ。アイツが木ノ葉から離れんのがこの里にとっても好都合だっつーことをご意見番に納得させんのに、火影様やオレがどんだけ骨を折ったか… 」

「好都合?」

「そうだ」

ナルトは眉間にぐっと皺を寄せて難しい顔をする。

「なんでシズクが里にいない方がいいんだ?オレ、アイツに木ノ葉にいてほしーってばよ」


返ってきた言葉が随分とまた直球すぎて、自分が並べたそれらしい根拠を薄っぺらく感じてくる。

そうだよな。

当たり前のことを当たり前のように口にするお前が オレは心底羨ましい。

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