▼04 統べる者(四)

三方を大国に囲まれたとある隠れ里。あまりにも唐突に、賽は投げられた。
では投げたのは誰かと問うて、以前までならばこの里の民は迷うことなくこう答えていただろう。「神様」。
その神様はいなくなった。
夢から覚めるときが来たのだ。




雨隠れの里 茜さす夕刻。
上忍から下忍までが隔てなく顔をつき合わせる総会議が、この里に発足して早数ヶ月。未だに円満な終了を迎えた試しが無い。前回 隣国との同盟が議題に挙がったときなども 月が輝く時間まで解散の目処が立たなかった。
今日はそれに輪をかけて、参加した忍たちが皆一様に戸惑いの表情を浮かべている。
というのも、会合の直前に現れた里長が、他里の忍を従えていたためである。

テルの後ろをついて入室したくのいちは、年の頃十六十七といったところか。左右で色の違う双眸を持ち、額には木ノ葉隠れの額当てを結んでいた。

「オイ あれって……」

上座から末席まで 隅々にまで波及するざわめき。動揺を里長が制す。

「会議の前に報告がある。前回決議した同盟により、木ノ葉隠れの忍がこの里で任に就く。月浦シズクだ。皆仲良くな」

閉鎖的な雨隠れで、忍たちが突然の異邦人に戸惑うのも無理はない。一年以上前になるか 中忍試験開催の書状を携えて、木ノ葉の上忍がこの里を訪れたことがあった。当時の首領は旧体制を装って他国を欺いていた位なので、無論歓迎などしなかった。
他里の忍が滞在するだけでも充分に異例であるのに、問題は随所に見受けられるようだ。

「彼女は医療忍術に精通している。当面の間は病院での勤務を――」

「ソイツは敵だ!!」

テルの言葉を遮り、どこからともなく声があがった。
後方の末席だった。顎髭を僅かに蓄えた忍が立ち上がり、シズクを真っ直ぐ指さしていた。視線がかち合い、シズクも相手の目を捉える。名は知らずじまいだったが、以前どこでどう見知ったか 忘れるはずもない。
彼の名はリュウスイといい、ペインの時世からいっこうに 階級は下忍。したっぱのしたっぱだが、流石に対峙した敵の顔は忘れてはいなかったらしい。

「そいつの顔は覚えてる!でかい白髪男とこの里に潜入してペイン様の情報を引き出そうとしてたんだ!」

シズクの懸念は早々に的中した。

「間違いねえ!なあ そうだろユウダチ!」

「え?あ、ああ」

ユウダチと呼ばれた隣の男も頷いた。ただし同意は曖昧模糊。自来也の忍術で蛙に変えられ、そう長く侵入者の顔を目視していなかった彼リュウスイほど正確に記憶してはいないのだ。

「皆騙されるな!そいつは木の葉のスパイに決まってる!」

「落ち着けってリュウスイ。彼女は諜報員じゃない。木ノ葉の忍だが、この里に縁もある」

事態の収集を図らんとする思惑があってのことか 否か。
迷うことなくテルは真実を公言した。

「彼女はペイン様の実の娘だ」



誤解を招かぬようにと里長が事細かに経緯を語る間中、誰一人として口を挟まなかった。驚愕で二の句を継げないも少なくないようだ。皆が神妙な顔つきで耳を傾けている。
奇妙だと シズクは徐々に疑問を抱き始めていた。
ペインの最後が既に忍たちの聞き及ぶところとなっていたとしても、自分の存在をそう簡単に認知はしないだろうと予想していたのだ。
それがどういうわけか、テルが話を終えても一向に糾弾は始まらない。先程立ち上がったリュウスイでさえも眉を潜めて唇を固く結んでいた。雨忍たちはひそひそと会話が交わすだけで腹を立てるでもなく、自分たちがシズクに敵意を向けるべきか 或いは友好的な関係を示すべきかすらも定まっていない様子である。

伸るか反るかの勝負にテルが何故易々と乗り出せたのか。忍たちの表情から察するに、この里の忍たちはまだペインを信じているのだ。
ペインの正体が明らかになり、彼自ら自分の所行は間違っていたと認めたことを受けても、彼が死んでも尚。半蔵の圧政を覆し 里を変革した神を見限れない。
だからこそ ペインの娘であり、その眼の持つ後継者を雨忍たちは絶対に追放は出来ない。そこに違和感や矛盾を孕んでいても、おかしいと問い詰められることもなくて。不在の神様の御加護を受けている。
シズクは従順な忍たちを見渡しながらぼんやり思う。ここが木の葉なら、みんな感情をはっきり示す。好意も嫌悪も喜怒哀楽も。たとえ正しいか間違ってるか判らなくても。

そう 神様を信じてやまない日々は、ただ信じていればいい。何も疑わなくていい。こんなに楽なことはないだろう。
しかしこの里の民にも、突然決定権が舞い戻ってきてしまった。


「ペイン様の頃は全て上手くいっていたのに」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で 誰かがぽつりと呟いた。
それまで咳払いのひとつも発しなかったシズクが
「違う」ただの小言に答えるように深い沈黙を打ち破った。
「あなたたちにしてみれば平和だったかもしれないけど、ペインの執政もうまくいってたわけじゃないはず。臭い物に蓋をしてただけです」

雨忍の視線がシズクに一点集中したが、怯むことなく堂々と流れにさからった。
この里の忍たちは里をを統べる長としてペインを崇めていたけれど、慕っていたわけではない。信仰だった。
彼をひとりの人間として見たことは果たしてあったのだろうか。
前の里長とその関係者を根絶やしにした時、行き過ぎだと止める者はいなかったのだろうか。

片側から覗けば見上げた忠誠心。もう片側から見る姿は、しかしただ命令を待つ駒に過ぎなかった。

「ペイン様を否定するのか?」

「私は…」

怪訝な囁きがどこからか聞こえてくるが、ペインを支持するか否定するか、今はその問い掛けは重要にはならない。
何が大事かここで明白にせねばなるまいとシズクはつとめて冷静を装い、よく通るはっきりとした物言いで告げた。

「私はテル様に忠誠を誓います。雨隠れの里の未来と、他の隠れ里との和平に、この命を懸けます」

その宣言は これ以上の議論は無用だと周囲に知らしめた。
他里のシズクが、自分たちの前で堂々とこの里に忠義を示した。下手に回ったようでいて、啖呵を切って挑戦状を叩きつけているようでいて、眠りから覚めない人々の横っ面を張り飛ばすような、強烈な一撃だった。
短い前哨戦が幕を閉じ、会合はしんと静まり返り、シズクもまた押し黙る。


「―――そんじゃ、会議の本題に移るとするか」

思い通りの展開に上手く事が運んだテルは、心中で笑みを浮かべていた。

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