▼雨にも負けず

「シズクっーーー!!!」

叫んだのは、未だ目覚めないシカマルでも大粒の涙を流すサクラでもなく、ナルトだった。シズクの最期は花火が消える瞬間のように鮮やかだった。

ほどなくして忍たちからチャクラを得ていた神樹が、前ぶれなく手応えを感じなくなる。無論、その異変にオビトが気づかないわけはない。


「封印術を組み込んで逝ったのか。最後にしてやられたな」

状況を見守っていた四代目火影もオビトと同じく、シズクが消える間際に結んだ印の正体を知っていた。

「さっきの印の片方は…クシナが由楽に教えた封印術の印」


「チャクラごと封じ込める封印術なら…なんとか隠せるかもしれないね。ただし、術者はチャクラのすべてを捧げなくてはならない」


四代目火影の生前の出来事、それはナルトが生まれる数ヶ月前のある日のこと。ミナトとクシナの後輩にあたるくの一・月浦由楽は捨て子を見つけ、里に連れ帰ってきた。

その赤ん坊には尋常ならざる力があった。
強すぎる陽のチャクラを抑えるために、ミナトの妻・クシナが教えた印。

「彼女が由楽の娘だったのか」


対象者本人にしか解けない封印から、第三者がチャクラを引き抜くことは不可能。それが人ではなく神樹にも通用すると、賭けたのかもしれない。
シズクは自分の体に残されたチャクラを、忍連合の忍たち全員に配分し、それぞれの体に封印した。忍たちが本来のチャクラを根こそぎ奪われても、彼らの体には彼女の陽のチャクラが引き剥がされずに滞留していることになる。
かつてクシナの一部が、役目を果たすまでナルトの封印内に留まっていたように、本来死者の行く場所へは行かずに、この場に、仲間たちの肉体に残るという道を、シズクは決断したのだった。

「こざかしい真似を」

オビトは薄く唇を開き、呟いた。

「まあいい。どのみち忍は終わりだ。もう続けることはない」

それでもやはり、万策尽きている。目の前にそびえる絶望にもう打つ手がない。

「抵抗しないならば殺しはしない。後悔したくなくばもう何もしない事だ」

オビトは眼下に情けの言葉をかけた。

「抵抗しなければ…助かるのか…?」

忍たちは誰彼なく、弱々しく呻き声をあげていた。

「そうだ。もう死に怯え耐え忍ぶこともない。夢の中へ行ける…」

そこに、凛とした声が響く。

「諦めるな!!幻術の中に落ちれば死人も同然ぞ!!」

初代火影・千手柱間は、マダラから聞き出した情報を、山中一族の心伝身の術で周囲に伝えようとしていた。禁断の実に手を出した祖先の、千年の約束は、自分たちを以て果たされる。その惡の花びらが開くまで、あと数十分を切っている。


「柱間様!じゃあオレ達はあの木の養分ってことですか!?忍とはそんなものだったのですか!?」

この力は誰かのもの。
忍は忍ではなくなり、全ては幻、全てを無に帰す。自分たちのチャクラをいずれ手放す日が来ることは、自分たちが生まれる前から運命づけられていたのだ。
自分のため仲間のため、もっと強く強くと、今まで努力してきたことも所詮そんなものだったのか?心根の折れそうな忍たちに、しかし柱間は再び喚起する。

「心して聞けい!!諦めるなと言ったハズぞ!!」


「そうは言うが、アナタは穢土転生だ…もう既に死んだ過去の人…だが、オレ達は生きてる……やっぱり、もう終わりなんだ…」

これまで幾多の歴戦を潜り抜けてきた忍たちであっても、戦争に勝利し忍の世を救うという大義は淡く霞み始めていた。皆が俯き、譫言のように無念を呟く。絶望の淵で、生き延びることへの僅かな希望しか、見えなくなっているようだった。

「こんな事ならいっそ最初から……」

“白旗をあげれば殺しはしないとオビトが言っていた。
それは本当だろうか。
ならばもう、すがり付いてもいいんじゃないか。ほら見ろ、あれほどまでに固い意志を宿していた英雄のうずまきナルトですら、目から溢れる涙を頬に伝わらせているではないか。敵の傀儡になってでも、死なずに済むのならば”


この世界を明け渡せば生き延びることはできるのだと、皆が藁にもすがる思いを抱きつつあった。


チャクラ体の消えた辺りを見つめ、オビトはまたひとつ、冷酷に呟いた。

「この世界で生きようともがいても、薄幸のまま命を落とすことになる」

そのオビトの呟きを、聞き漏らさなかった忍が一人いた。
立ち上る紫炎の須佐能乎を携え、神樹の枝を断ち斬る白い忍装束。背には、団扇の赤い紋が誇らしく掲げられている。
姓はうちは 名はサスケ。

「ナルト…もう終わりか? オレは行く」

幻術を司る瞳術使いの一族ながら、サスケはもう二度と、幻には生きないと誓った。

「行くぞ重吾」

ナルトはハッと目を見開いた。

「よォ…ケガはねーかよ、ビビリ君」

幼い日、自分の遥か前を歩んでいた、かつて自分の盾になってくれた背が、去っていった背が、今変わらずここにある。
夢幻じゃない 本物だ。
ナルトにとって、待ち焦がれていた本物の親友。
そうだこれが本当だ。
信じていたもの。
信じたいもの。
ナルトは涙を拭き取り、立ち上がると、サスケの傍らに並びたった。黄金に光る戦いの衣に、今一度身を包んで。

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