▼光の花嫁

膝に伝わる中忍ベストには泥と土煙の感触がある。血と汗にまじる、シカマルの匂い。
だいすきな匂い。
こうしてると、いつもの縁側で膝枕してあげてるみたいだね。
切り傷のだらけのおでこに手を伸ばした。まだあたたかい。
苦しみが胸を締め付ける。シカマル目を覚ましてよ、そう呼び掛けても、返事はかえってこない。答える力も、目を開ける力も、今の彼には残ってない。そっと頬を撫でてみる。

こんな姿見たくないよ。

大丈夫、いますぐ私のチャクラで満たすから。傷を癒すようにチャクラでそっと包んだ。痩けて生気のない顔に、肌に、気が巡っていく。
反対に、私の指先はすうっと透けて消えかけていた。ああ、意識が飛びそう。この手をほどいたら もう終わってしまう。
涙があふれた。
もう泣いてもいいかなぁ。
いいよね、最後だもんね。
残念だけど、シカマル、
これでお別れです。


『シカマルさ……覚えてる…?昔言ってた…あの、人生計画……』


覚えてるよ 私。


『忍になって…美人でもブスでもない…フツーの…女のひとと…結婚して…』


聞いたとき、私笑っちゃったよね。美人でもブスでもないって、何それってさ。


『こどもは…最初が…女の子で………次が…男の子…』


長女が結婚して、息子が一人前になったら忍者を引退。
シカマルの子は、どんな子なのかなぁ。きっと、頭が良くて生意気で、いっつも眉間に皺が寄ってる。目に浮かぶよ。


『一日じゅう…将棋を打って隠居生活………さいごは……奥さんより先に老衰…そうでしょ………?』


忘れるはずない。あなたのとなりで、その理想から落っこちないようにって本当はずっと思ってたから。
シカマル、あなたがすべてを照らす光でした。半分背負ってやる、そばにいるっていってくれた、あのときね。私は変われるような気がしたよ。
世界中の誰よりもしあわせだった。
未来なんて 当たり前に来ると思ってた。シカマルのとなりを歩くのが、私でありたい。いままでもこれからも。
でも叶わない。
叶わないけど、どうしてかな。いままでのどの時よりも、シカマルずっと近くにいるように感じるの。

ごめん、何ひとつやり残したまま、こんな風にシカマルを困らせるのも、もうこれきりだから。
答えはもう決まってる。


『………叶えてね……』


叶えてね。本当は譲りたくないけど、他のだれかと。

私からの最後の約束です。
朝が明けたら、ナルトの誕生日をおいわいしてね。
里へ帰ったら、おばさまにうんと親孝行して。
紅先生と赤ちゃんのこと、助けてあげるんだよ。
いい師匠になって。
いつか火影になったナルトのことを、そばで支えてあげてね。

わたしの大好きな里に帰ったら、よろしくって伝えて。

夕焼けに染まる滑り台。
アカデミーの屋根をうつ雨の音。日差しのまぶしい高台のベンチ。巻物の散らかるちいさな部屋。
泣きながら帰った道の、彼岸花の赤。
夜に見返り柳が揺れる葉音。
縁側のあったかいひなた。


あなたがいつもそばにいる、すべてが愛しいよ。遠く離れることはない。あなたの中で生き続けられることが嬉しい。
あの日のあなたを忘れない。

みんなとの約束、たくさん破っちゃうな。八重、あなたに償うことはできなかったけど、私は私の忍道を精一杯生きたよ。
由楽さんが言うとおり、たくさん仲間ができました。私にも守りたいものができたんだよ。

お父さん、お母さん。ごめん、そちらには、しばらくいけません。
こんな道を選んだけど、後悔はありません。いつか判ってくれるよね。
たくさん破ったぶん、せめてたったひとつだけは、シカマルとの約束を守りたいの。


『大好きだよ。シカマル』



さよなら 愛してる。


ありがとう。


最後だし いいかな。
首にかけておいたチェーンをはずし、実体のないまぼろしのリングをこの指に。たちまち、左手の薬指はきらりと光る。こっちの手が残っててよかったなぁ。

やっと指を通すことができた。今だけ、この瞬間だけは、
あなたのおよめさんでいさせて。


ねえシカマル、この指輪


プラチナみたいに

どこまでも きれいだね

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