▼風雲姫の冒険

墨を流したような暗い空、枯れた大地に吹き荒れる風。倒れた仲間たち。
広がる惨状にサクラは瞳を潤ませた。

カツユも力を消耗した。自分の力だけでは、倒れている人すべてを救えない。これでは戦う前にみんな死んでしまう。一際危険な容態のシカマルを急ぎ治療しようとするも、神樹のチャクラ吸収で問答無用に力を奪われてしまった。

この先に道はない。

白旗を振りかざす以外に本当に助かる道はないのかもしれない――絶望の色以外見えなくなった刹那。

『サクラ』

友の声にサクラの瞳に涙が滲んだ。

「シズクっ!どうしよう、シカマルもみんなも!!カツユ様も消えちゃって、もう百豪が――」


振り返り、サクラは大きく息を飲んだ。
白の炎で形作られた体は宵夜に透け、片腕とチャクラの翼はもがれている。シズクの霊体は今にも失われてしまいそうになっていた。


『サクラ。お願いしたいことがあるの』

「な…なに……?」

『みんなにチャクラを渡したいんだけど、私、もう印を組めなくて……一緒に印を組んでくれるかな』

「一緒にって、でもどうやって……チャクラは全部あの樹に吸収されちゃうのに」

『ナルトのチャクラがみんなの中に留まってたのと同じように、私のチャクラもまだ消えてない。残りありったけをみんなに供給する。私の…最後の術で……』

「そんなことしたらシズクが消えちゃうじゃない!!オビトはさっき、降参するなら命は取らないって……だから、」

『諦めないで』


頷く前に、シズクの指先がサクラの掌を滑る。
頼むから、ありったけとか最後だとか、やめてよ。サクラの本心は伝えられることなく胸に留まった。

人肌と同じ体温の、やわらかな炎。震えながらサクラは傷だらけの指先でシズクの指を握り、同じように印を組んだ。固く握った手はどちらも細く小さく、まだ年端もいかない女の子のもの。仲のいい女友達どうしが手を握り合うだけ。
何ら変わりない。たとえその指先がチャクラで縁取られていても。


『ありがとう……サクラ』

シズクはいつものように人懐こい笑顔で笑い返した。サクラが耐えきれず目尻から涙を溢すと、丸い雫がひび割れた地面を潤した。友の頬を伝う、月の光に照らされた雫。その真珠のような美しさを、シズクは心に焼き付けた。

暗闇に輝く白い炎が、サクラの鮮やかな桃色の髪を照らしゆく。
光るチャクラというその光景は、まるで昔見た映画の一場面そのもので、サクラの中の記憶を引っ掻いた。
荒廃した戦場に武器を掲げて立ち上がる、凛とした横顔。
お決まりのセリフ。


この命ある限り
その全てを力に変え
必ず道を切り開いてみせる


「……風雲姫」


アナタが風雲姫になればいいと小雪姫がシズクに言ったとき。まさかお転婆なくの一が威風凜然とした姫君のようになるなんてあり得ない、と、第7班の仲間たちは顔を見合わせて笑い合った。しかし今 何度折れても立ち上がるシズクの姿は、まさしくあの、諦めずに何度でも戦う姫君。
そう、シズクは私たちの風雲姫だった。いつも、いつも。



ぽかぽかと全身が温かさに包まれ、痛みがやわらいできたのが、術の成功を意味していた。


『サクラ…もういっこ……お願いしていいかな』

「うん…なに?」

『明日はナルトの誕生日だから、みんなでお祝い、わすれないでね…』

「……アンタってば、いっつもそうやって人のことばっかり!最後くらいシカマルのこと考えてあげなさいよね!!」

サクラは語尾を荒げて言い返す。そして繋がった指先をおもむろに離すと、先程まで治療していたシカマルへと振り返った。シカマルに意識はなく依然として、厳しい状況が続いている。

サクラはシカマルの上半身を起こさせて、シズクの膝の上にシカマルの頭を下ろした。


『最後くらい、じゃないよ…サクラ。どこで戦っていようと、私はいつだってシカマルのことばっかり考えてるよ』



それが月浦シズクの最期の言葉だった。

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