▼朝日が昇ったら待ち合わせよう

『オビト…!!』

どこからか名を呼ぶ声がある。この耳に遠く。
ここは暗闇、憎しみでできた黒い海だ。全身が沸き立つように熱く 皮膚の内側から泡がはじけるように隆起していく。
闇の権化との取引、代償はこのオレ自身だ。
この体のすべて持ってゆけ。
代わりに叶えろ。

だんだんとくすんでゆく視界、その先に、あの笑顔が見えた。

「……リ……ン……?」

奴等がリンに矛先を向け 牙を覗かせ鉤爪を降り下ろした。何をする やめろ 代償は彼女じゃない。お前たちには指一本リンを触れさせてなるものか。消させてなるものか。この記憶は絶対に渡さない。

「ウオオオオオオオオオオ」

力の一部などならずにオレは生きる。十尾 お前たちを支配するのはオレだ。さあこれから始めよう。

「やっとだよ 先生」



視界に映るはかつての師・波風ミナト。
うずまきナルトとうちはサスケ。
そして彼らを輪廻眼の力で援護する霊体。

『オビト!』

お前か 現実でずっと名前を呼んでいたのは。

「なぜその名を呼び続ける」

『あなたの名前だから』

「オレはすでに十尾の人柱力となったのだ」

『十尾に取り込まれそうになって、あなたは涙を流してた。心無い人は泣いたりしない。…あなたは矛盾してる。なぜまだナルトに答えを求めるの。なぜ自分の正体を打ち明けたの』

御託を並べるな。

左手から陰陽遁で生み出した黒い玉を、月浦シズクめがけて次々に放つ。触れたものは消え“無”に帰す力 しかしシズクは両手でチャクラを練り、黒い塊と白い炎を出現させる。
見くびっていた。六道仙人の末子、雨月一族に受け継がれたあの力は“天照”さえ無効化するのだった。

『あなたがあなたを裏切るなら、私たちがあなたの手を取る』


「どうやらナルトはいい仲間を持ったみたいだね……加勢するよ!」

光に染まった火影の羽織の裾を翻し、ミナト先生がオレにクナイを向けて対峙する。そう簡単に相殺されてはたまらない。
次は先生に向かって、再度黒い玉を放った。かわせばその場が“消え”、飛雷神で飛ばそうものなら先程より格段に早く威力は計り知れないそれに術をぶつけなければならず体の衝突は避けられない。
さあ消えろ穢土転生。

『四代目様!!』

術の相殺で陰陽遁の仕組みを察知したらしいシズクが先生目掛けて飛んだのは、四代目が飛雷神の術を発動する直前であった。

『…っ!!』

シズクは咄嗟に腕を押さえた。押さえようとした、という方が正しい。先生を突き飛ばした上で、オレの術を相殺するのは難儀だったのか、片腕を無くしている。螢火の炎が欠けた腕を再生する様子はない。

恐ろしい。この娘は似ている。
こぼれ落ちた手をすくわれそうになる。胸が焼かれているように痛む。
オレの作る世界には、死ぬことのない仲間たちが待っているというのに、なぜお前たちは望まない。


*


十尾の支配に沈んだあなたを引っ張りあげたのは、心のなかにいる仲間の姿だったはず。それすらあなたは振り払って、ここではない別の世界がいいというんでしょう。
何千という忍に囲まれて、あなたはひとり戦っている。私には寂しそうに見えるよ。

変わり果てた姿のオビトを中心として、火影様たちやナルトとサスケ、傷ついた忍連合の忍たちが目に入る。突風に土煙が吹き荒んだそのとき、耳元に聞き慣れた声が響き渡った。


≪小さな力でも……要は使い様だ≫

シカマルだ。
低い声を取り零さないように、残った指先を無意識のうちに耳へ寄せていた。

≪役に立つ時が来るかもわからねぇ。目を離さずしっかり見るんだ。その時があるなら…その力が世界を左右する事になるなら、オレ達が気を抜いていい時なんて一瞬たりともねーはずだ!!≫


いのの術に乗せて、忍連合の皆に届けられた決心。
影を操り仲間を支え、戦況の風向きを見失わずに思考を張り巡らせる、シカマルらしい言葉だった。
大きな力でなくても、小さな力が何かを変える力が必ず宿っていると。

現にその小さな力は、たったいま風向きを変えた。

「そうだよな…」

そばで地面に膝をついていた忍がポツリと呟いたかと思うと、足に力を入れて立ち上がった。

「そうだそうだ!」

「諦めてねえで、まだ出来ることを探さなくちゃな!!」

「ナルトや火影様たちも戦ってるんだから!」

「まだ負けちゃいねぇぞ!!」

『みんな…』

戦いから一歩退いていた忍たちが、目付きを変え、ひとりまたひとりと忍器を手に立ち上がった。
我愛羅が戦争の前に訴えかけたように、シカマルの声がみんなを変えた瞬間だった。

オビト、こんなくだらない世界なんてと言ったけれど、あなたも本当は変えたかったんじゃないの。それがどんなに深い悪の海でも変えたくて渦巻いた波間に飛び込んだんじゃないの。


「オビト、お前が成りたかったのは火影のハズだ。どうしてこんなことを…!?」

「今さら説教か。遅すぎやしないか……先生。アンタはいつも肝心な時に遅すぎるのだ」

父親への皮肉が織り混ぜられたオビトの言葉に、ナルトはぐっと堪えていた。

「オレに気づかなかった…所詮アンタはその程度って事だ。火影など今のオレには哀れなだけだ。オレの師が火影でよかったよ…おかげで火影を諦められた」

「火影になれなかったお前が、火影になったオレの父ちゃんをバカにすんじゃねェ!!!」

火影になりたかった。
火影になれなかった。
火影にならなかった。
きっとどれも真実、本心だ。
あなたの夢に誰も続かないのは、あなたの本当の心が海底に沈んだままだから。

オビトが地面に触れた直後、地を突き破って現れた大樹の、巨大な蕾が花開いた。

「そろそろ月読の準備をし、掃除もしておくか…」

東西南北各々に傾いた花の中心では、尾獣玉が蓄えられ、急速に質量を増やしている。あの大花が術の発射装置であることは言うまでもない。

「この現実には残すに値するものは何もない」

合計4つの尾獣玉が炸裂してしまえばこの戦場は跡形もなく塵と化すだろう。無論、その場にいる忍すべてを吹き飛ばして。

「おいヤバイぞ」

「あれでは土遁障壁を連合皆でやっても間に合わん」 

「皆の者諦めるな、オレもおる!!玉の軌道させ変えればよいのだ!!火影達も手を打ち海の外へはじく!!皆は土遁の壁を頼む!オレは樹界降誕でアレを海へ打ち上げ導く!」

「そうはさせん」

6本の黒い棒が掌から発射され、遥か上空へ至る。まるで巨大な檻だ。火影様たちの四赤陽陣がさらに強化された六赤陽陣、オビトはそれを、たった一人で張ってしまった。
楔が地中深く打ち込まれたために、これでは初代様が言った通りに外へはじくこともできなくなってしまった。結界に閉ざされた忍たちは動揺し、空を仰ぎ見た。

「結界に閉じ込めてアレで結界内をオレ達ごと破壊する気だ!!」

「どうすりゃいいんだ…」

唯一残された道は、四代目様の飛雷神の術だけ。

「父ちゃん うまくいくか分かんねーけど考えがあんだ…拳を合わせてくれっか」

「ナルト…そいつは何もできない」

三度、悪魔のような囁きがうっそりと響く。

「お前の母を守れもしなかった。己の部下もだ。明日が何の日か知ってるな?ミナトとクシナの命日、お前両親の死んだ日だ…死ねば終わりだ。この世は」

九尾の狐孤襲来のあの日から長いこと、おそらく間近に迫った明日を、オビトはひとりで待ち続けていたのだ。月の力が最大まで満ちるときを見定めて、満月に呪いをかけるために。

ナルトの心にとどめを刺そうとしたオビトの言葉に、当の本人はいっそう眼差しを強くして答える。

「そうだった。なら明日は…オレの生まれた日だ」


待ち望んでたのはナルトも一緒だった。
この17年、誰かと…家族と共に迎える、自分の誕生日。生まれてきたことを祝福し、誇りに思う、その日を。

「終わりじゃねェ。オレがこの世に居る!!」

否定するオビトには“終わり”の日。
受け入れたナルトには“始まり”の日。

「行くぜ 父ちゃん!!!」

「ああ!!」

ポウ、とあたたかな光に包まれているのを感じた。
九尾チャクラが宿り突如発光しだした体に、うろたえる忍たちは目を落とす。

「ナルトからもらったチャクラ、消えてなかったんだ!?」

『ナルトの力で小さくなってただけだよ』

「さっきよりも強いし大きいよ!!」

「このチャクラであの攻撃からオレ達を守るってのか!?ナルト!」


「そんなもので十尾の獣尾玉4つからなる共鳴爆破に耐えられはせん」

消し飛べ オビトの合図によって、限界まで膨張していた尾獣玉が一斉に発射された。
もう終わりかと思ったけれど、体に痛みはない。それどころか、結界の内部で岩壁をも一瞬で塵にかえす爆発が起きるにも関わらず、肌に衝撃が伝わってこないのだ。

「…これは…」

眼前に広がる赤い結界は、自分たちがいるはずの場所だ。忍たちはみんな何が起こったか理解しがたいといった様子で、瞬きを繰り返して結界内の爆発を眺めていた。まさかとは思ったが、飛雷神の術で私たち全員を飛ばしてしまうなんて。
九喇嘛との共闘で計り知れないチャクラを引き出すナルト。その規模を誰よりも理解し、脅威から畏怖すら覚えていたのは、他ならぬ人柱力となったオビトだった。尾獣玉の危機さえも脱した忍連合を宙から見下ろし、焦りすら感じているのだろうか。オビトは印を結んだ。

「始めようか」

この戦いを終わらせて、私たちは明日みんなで祝福したいことがある。
しかしオビトはそれを許さない。彼はもうひとりで海に沈み始め、底深く埋まっている終わりの鐘を鳴らそうとしていた。

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