▼グリマスの独白
微笑みが敵対行動からきているって話を、聞いたことはあるかい?
人間たちの祖がもっと獣染みていた時代 外敵へ威嚇するときの表情がボクらのいまの笑顔になったとか。はたまた 自分が相手よりも弱いと存在表明する一種の防衛本能が、それに由来するだとか。
いや、真実は別にどうだっていいんだ。 ボクが残念に思うのは、要は敵対行動を機に発生した微笑みが、今では人に愛されて生きるための処世術になっていることさ。大した違いはないだろうけど、なんだか劣化を辿っているように聞こえないか。
まるで君みたいだ。
実はね、ボクと君にはいくつかの共通点があると考えているんだよ。
まずは捨て子であること。その出自に幼少期から疑問を持って過ごしてきたこと。養育者が医療忍者であること。他人にまだ見せていない一面を秘めていること。
相違点があるとすれば、スキルをかたや君は木ノ葉に注ぎ、かたやボクは音隠れのスパイとして 大蛇丸様に注いでいることだろうか。
はじめて君のチャクラを見たとき、他の医療忍者とは違う掌仙術であることはすぐにわかった。あれほど強い陽のチャクラ 君の性質はボクが思い描いていた理想の研究材料だった。大蛇丸様はサスケ君に夢中だけれど、個人的には写輪眼よりも探究心を擽られる。
なのに、君はその能力の可能性を自覚していない。
取るに足らない仲間のため使いたいなんて、到底理解に及ばないよ。事実、今までの君の道のりは滑稽じゃないか。理不尽な扱いを受けてきたのに、そんな連中の手助けになろうなんて。その力を評価したボクをあまり失望させないでくれないか。
君の力を試したくてたまらない。
だがこの試合ではやめにしておこう。これからが忙しいんだから、君と本気で戦う機会は後にお預けだ。
「すみません、ボクはやっぱり棄権します」
片手をあげて試験官に告げると、会場はたちまちざわめき始める。
「えっ!?なんでだってばよカブトさん!」
キミには理解できないだろうね ナルト君。この里の水面下で何が進められているとも知らず、キミは無知なまま 火影になりたいなんて戯れ言を口にするんだから。
「実は音忍との一件で片耳が全く聞こえないんだ。それにもうボロボロだし もう限界だよ」
「それならわたしが治しましょうか?」
君のその申し出は、医療忍者の同僚に対する気遣いではなく、懐疑からくるものだろう。死の森で、ちょっとバラしすぎちゃったかな。
「いや 大丈夫だよ。ありがとう」
「そうですか……カブトさん、」
「何だい?」
「……いいえ お大事に」
死の森で一瞬示した本当のボクを、君とサスケ君は見逃さなかった。けど、どうせ“仲間思い”の君のことだ、どうせボクを深く疑って調査したりはしないんだろうな。
微笑み、グリマス、今はそれだけ。いずれ覚醒する君の表情をとらえよう。その身に巣くう血に染まった獣を。
《薬師カブトの棄権のため、不戦勝とします。勝者、月浦シズク》
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