▼ROAD TO NINJA(下)
「ナルトの報告書、下手すぎ」
閉じたファイルはパタンと乾いた音を立てて静かに陳列棚に吸い込まれていった。日付のついた見出しを再び見ることもなく、シカマルは早急に元の位置に戻す。
「文章はぐちゃぐちゃだわ字は汚えわ、ホントにアイツ火影になる気あんのかよ」
「…どうだろうねぇ…」
景気づけに、冗談混じりでついた悪態は、どうやら隣にいたシズクの耳には届いていないようだった。彼女の視線は開かれていたファイルのあたりを未だに漂っていた。
今日の作戦会議が終わると、二人は五代目火影に呼び止められた。
数日前、ナルトとサクラはマダラと名乗る仮面の男に出会い、事件に遭遇した。その件に関する報告書があがったから確認してこい、とのお達しである。目前に迫った忍界大戦において鍵となる“月の眼計画”の手がかりになるかもしれないから、と。
普段は一般の忍が容易く立ち入れない資料部屋で、シカマルとシズクは二人分の報告書に目を通したところであった。
紛れもなく木ノ葉隠れの里なのにそうじゃない。いつもの仲間なのに仲間じゃない。ナルトの記述は曖昧な説明だったが、そこでの出来事はナルトにしては細かく書けていた。敵の幻術であろうと、こんな世界が確かに存在したのだと証拠を刻むかのように。同期のかわりよう、里のこと、自分の両親のこと。
「そっか…ナルトはご両親に会えたんだね」
シズクの微笑みは、嬉しさも切なさも含む複雑なもので。ナルトの長年の孤独を知るシズクだからこそ胸を詰まらせるのだろう。
それに、他ならぬシズク自身のことについて。
どこにいても必ずお前を見つけてやる、なんて王道メロドラマの名台詞は言えないのだ。現にナルトたちが目撃したシカマル(幻だが)にとってのシズクは、一言も言葉を交わさない他人だったのだから。幻術世界とはいえ彼女が里に仇なす者であるのは、シカマルでさえあまり想像したくはない。
運命なんてないのだ。あるのは偶然。彼女と出会ったのはたまたまでしかない。
シカマルは出来るだけ触れないように誤魔化していた。
その幻では由楽さんは生きてたのかなあ。私の周りの人は傷つかずに生きてるのかなあ。きっとシズクはそう考えているに違いない。
「わたし…」
ぽつり。呟かれるであろう言葉を先読みして戸惑う脳内。しかし彼女が囁いたのは安堵や感謝に満ちた気持ちだった。
「この世界でよかったなぁ。由楽さんが拾ってくれたから、私はみんなに会えて、こうしていられるんだもんね」
シズクはシカマルの袖口をきゅっと掴むと、ちいさな深呼吸をひとつ。目を閉じて微笑んだ。握られたところがじんわりあたたかい。
どこかのボタンをかけ間違えていたら、この歯車は噛み合っていなかった。自分たちは道端で擦れ違う仲だったのかもしれない。この出会いは、誰かが手を引いて、或いはかしてくれて、連れてきてくれた場所だ。でも、とシカマルは思う。こうして隣にいんのは自分の意思だろ。
アカデミーに行くと決めたのも。
木ノ葉の忍になると決めたのも。
幼なじみの関係から一歩踏み出すと決めたのも。
誰かに決められたシナリオじゃない。オレもお前もそれを自分で選んだんだろ。正しかったとか間違ってたとか、そんな単純には片付けるなよ。
それを伝えるにはこっ恥ずかしくて、寝癖だらけのシズクの頭を乱暴に掻き回したのち、そっと自分の肩へと寄せた。鼻先を擽るシャンプーの匂い。今度は肩から、シズクの温度が伝わってきた。今考えていることが、この自分の体温に乗せて送れたら面倒事はないのに、と思いながら。
(“シカマルがただのアホだった”ってのが納得いかねーんだけど)
(ちょっと見てみたいかも。ヘラヘラ笑ってるシカマル。ねえ、やってみてよ)
(それだけは勘弁)
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