▼ROAD TO NINJA(中)

襲撃犯が突如消え、騒々しい里の市街地。そこからは離れた川辺りで、ナルトはシズクをゆっくりおろして、覗き込む。凛とした横顔。間違いなくシズクだと思った。
未だ閉じられた両目の下の、頬がカカシの放った術で火傷している。冷やした方がいいのかもしれないと、ナルトは川の水を手ですくってシズクの頬に近付けた。するといきなり彼女の目が見開かれ、ナルトに向かってぶんと拳が飛んでくる。

「っと!」

体を反らして避けると、今度は反対の手が、小刀を携えて一直線に迫ってくる。

「す、ストップストップ!!」


攻撃をかわしつつ、困り果てた表情のナルトが上擦った声を出した。同時に、シズクは顔をしかめ、片手で前頭葉を押さえた。まだ雷切の衝撃が残っている様子だ。するりと指先から抜け落ちた小刀を、ナルトは直ぐ様地面から拾い上げた。
その小刀は普段シズクが愛用するチャクラ刀でもクナイでもなく、農具で使われているような武器としては劣るもので。シズクの格好も、よく見れば忍装束ではなく、追い剥ぎのようにぼろぼろである。他に忍具といえるものは何ひとつ持ち合わせていない。

「返せ!」

唯一の武器を奪われ、なおもシズクは素手でナルトに向かってくる。その表情は猛獣に似て荒々しく狂暴で、よく知る彼女のやさしい笑顔の面影もない。

「まるで別人だってばよ…」

ナルトは小刀をシズクの足下に置き、意を決して両手を頭の脇に上げた。

「オレはナルト!!オレはお前になんもキガイをくわえねえ!約束するっ!だから話を聞いてくれってばよ!!」

降参の意を示したナルトに対し、シズクは訝しげにその姿を見据えたまま、地に置かれた小刀を手に取った。

「本当に何もしねえから!オレは…えーっと…、お前がどうして木ノ葉の里を襲うようなことしてんのか知りてーんだ」

「…」

「教えてくんねーかな…オレってば、まだこの里に来たばっかだから」

それは半分嘘であり、本当でもある。今いる場所は正真正銘木ノ葉隠れの里であるが、限定月読によって作られたまぼろしでもあることを、ナルトはまだ知らない。

「でもその額当て、お前も木ノ葉の忍だ」

ナルトのその言葉に瞬きを繰り返し、それまでまともに会話をしようとしなかったシズクがようやく口を開いた。

「あ、これはその…今日!今日この里の仲間になったんだ!」

「やはり木ノ葉の仲間か」

再度小刀を降り下ろそうとするシズクを、ナルトは受け身もとらずに力ずくで止めようとする。が、それを拒んで一歩引いたのはシズクの方だった。

「触るな!」

防衛ではなく、拒絶の色を帯びている。小刀はまたしても地に転がるが、彼女はそれを拾おうとはしなかった。

「…木ノ葉がキライなのかってばよ」

ナルトの問いかけに、シズクは絞り出すような声で呟いた。

「憎い」




それからシズクは一切攻撃を止め、ナルトの問いかけに応じた。身を呈して刃を止めようとしたナルトの真摯な表情に何かを感じ取ったからなのか。それとも、木ノ葉への襲撃の際にナルトが自分を助けたことに恩義を感じたからなのかはわからない。
一定の距離をとり、ポツリポツリと零れる秘密。

ナルトの同期の性格や生い立ちが元いた世界と違うのと同様に、シズクも全く異なる道を辿っていた。
雨隠れ辺境で生まれてすぐ木ノ葉の国境へ運ばれたシズクは、育ての親になるはずであった人物に見つけられることなく、雨隠れの使者によって父の下へと連れ戻された。母は木ノ葉の国境警備隊により命を落とした。しかし父・長門は傭兵部隊として、シズクの母の仇にあたる木ノ葉にも手を貸している。
信じるべき対象を見失い、忍であることを憎悪したシズクは雨隠れの父と決別し、木ノ葉に復讐するためたったひとりで里を襲撃していたという。

「忍や里なんてなければ…生きて普通に暮らせたはずだ」

川面を見るシズクは眉間に深い皺が刻まれ、瞳が歪められている。ナルトはその横顔を見て胸が締め付けられる思いだった。ここではない遠くを求める表情がサスケそっくりだったから。
ここではサスケは憎しみに身を委ねていない。けれどそれをかわりに引き受けるように、シズクが復讐者になってて。

「なぜお前がそんな悲しそうな顔する」


目の前の彼女は、ボロボロの小袖で、こんな欠けた刃を握って、たったひとりで戦ってる。
ナルトが知ってるのは、いつもがむしゃらに里を守ろうとしていて、みんなの輪の中で笑っている姿だ。

「今話したことは忘れろ」

シズクは川辺から踵を返し、小刀を拾うと懐にしまった。砂利道を歩いて茂みへと歩み、林の間に消えようとしている。ナルトはその背中に叫んだ。

「ホントにそれでいいのかってばよ!シズク!!」

告げてもいない自分の名を呼ばれ、シズクは驚いたようにナルトに瞳を向けた。ほんの一瞬、彼女の顔に葛藤の色が浮かび上がったが、視線を逸らしたシズクの一言は冷たいものに戻っていた。

「去れ」




深緑に溶けて消えた背中を見つめながら、ナルトは拳を固く握り締めていた。
こんな悪い夢、あのグルグル仮面ヤローの仕業にちがいねえってばよ。
でも。
オレの知ってるシズクも、どっかで違う分かれ道を選んでたら、あんな風になっちまってたのかもしんねえ。一緒にいられなかったのかもしんねえ。

「それってなんか…すっげーイヤだってばよ…」

複雑なわだかまりを残したまま、翌朝サクラと合流するまで、ナルトの頭にはシズクの声がこだまするように響いていた。

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