▼兄弟となろうぞ


「おはよう」
「今日はいいお天気ね」
「お疲れさま。また明日な」
「おやすみなさい」

人生で最も幸福な季節だった。
流浪の生活を送っていたわたしが、はじめて夜に布団で横になれる。朝目を覚まして戸を開けるとお隣さんが笑顔を向けてくる。仲間と共に里の基盤を作り、気づけばすっかり日は暮れて。何気ない動作ひとつひとつが心に染み入る。ああもう独りではないのだわたしは、これからずっと。

「覚えてるか……ガキの頃にここで話したこと」

「ああ……」

「アレはただの夢だと思ってた。掴もうとすればできないことはなかったってのにオレは……」

「これから夢が現実になる」

「火の国を守る影の忍の長。名を火影。どうだ?」

何だそれ、と問うマダラに、柱間は笑みを返した。火の国の忍の隠れ里、その影となり民を支える者の名を。

「お前に長をやってほしいと思ってる。火影をもうお前に兄弟はいないが この里の忍達は皆お前の兄弟だと思ってほしい。しっかりと皆を見守ってほしいんだ」

兄弟となろうぞ。

長年に渡り降り積もった因縁の上に立ち、わたしたち三人はその言葉を胸に手を取り合った。


「うちはの兄弟すら守れなかったこのオレにか」

「イズナはもういないけどさ、これからはわたしたちが兄弟だよ、マダラ。この里の仲間みんながね」

「そうだ!弱気になってるヒマなんてないぞ。うちはに千手はもちろんとして猿飛一族に志村一族も仲間に入りたいそうだからな」

「うそだろ……本当かよそれ!」

「まだまだこの里はどんどん大きくなる!そろそろ里の名前も決めないとな」

マダラは思案に耽ってしばらくの間空を仰ぎ、やがて舞い散る木の葉を目に捉えるとぽつりと呟いた。

「木ノ葉隠れの里……ってのはどうだ?」

「単純ぞ……ヒネリもないぞ…見たままぞ」

「火影とどう違うんだゴラァ!!てかまだ治まってねーのかその落ち込み癖!!」

「あはははっ」


目の前で交わされるやり取りは、少年時代の柱間とマダラの姿を彷彿とさせた。ようやく約束の“兄弟”となれたことがただ嬉しくて、腹を抱えてわらった。
柱間にどなるマダラの横顔。気性が激しく不器用で、しかし家族に深い愛情を抱いていたこの男を想い、いつしか胸の奥でちりちりと火の粉が舞うようになっていた。いくらわたしと言えど、この気持ちの名を知らぬわけもなく。


「いつまでも笑ってないで、お前もそろそろ身を固めたらどうだ。シズク」

「わたし?……いや、いいよ。私も今は仕事に集中する。医療忍者の育成は一夜にしてならず、ってね」

「力を入れすぎじゃないか?聞けば、くのいちのガキまでお前が直接修行を見てるとか」

「チカゲは幼いけど誰よりも素質があるからね。あの子はいい医療忍者になるよ」

「婚期逃してババアになっても知らねえからな」

「うるさいなあ!マダラこそ、ちゃーんと立派な火影になってよねっ」


マダラも柱間も、一族の頭領としてとうに妻子を持っていた。
わたしたちは兄弟の契りを交わした仲。
この想いは墓まで持っていくと、胸の内で決めていた。

*

わたしたちの裏腹に、岩壁にマダラの顔が刻まれることはなかった。
マダラが背負うはずだった火影の衣や傘から除くのは柱間の横顔。

別の道を見つけたと言い残しマダラは去ったのだ。
こちら側につけと、わたしを脅して。


柱間の提案により、身の安全のため一時的に里をわたしは、数年後、顔に深い皺を刻んだ柱間と再会することとなる。
火の国木ノ葉隠れの里の隣国。まもなく雨隠れの里となる場所の辺境にわたしは身を隠していた。根城としていた薄暗い洞窟にやってきた柱間は、もう以前のように屈託なく明るい笑顔を灯すことはなかった。額を冷たい地面に押し付け、すまない、そう土下座をして。

「今 なんて言ったの……柱間」

「オレは止められなかった。マダラをこの手で殺した」

体の全機能がぴたりと動きを潜め、柱間の口から放たれる事実をせき止めようとしていた。マダラが。死んだ。マダラが。柱間の手で。
密かに愛していた男が。

ああ、ああ、ああ。

「柱間、わたしは……里には帰らない…」


“兄弟となろうぞ”

誰がいつ、歯車を狂わせたかなど、どうでもいい。マダラのいない木ノ葉にわたしの約束は残っていなかった。



『あのときわたしは真っ先にマダラの死を確かめるべきだった』

雨月シズクの瞳が真っ直ぐにマダラを見据え、その声は呟くような小さなものである。

『チャクラを分け与えた人物の生死や居場所を感知できるようになる雨月一族の能力を、心を乱して気づけなかった。しばらくして、はるか遠くの地でマダラの鼓動を感じたとき、どんなに涙を流したか。後のことを思えば あのとき始末しなければならなかったのに』

しかし マダラが生きているのならば、いずれまた争いは起きる。そのときの戦いのため せめても次へ繋いでからこの世を去った。
そう言って、雨月シズクは炎の指先で己の胸に手のひらを当てた。
朗らかな表情は一変して忍のそれとなる。


『柱間とマダラ、二人の絆を結び直すことこそが雨月一族に生まれた使命だったのに、わたしは我が身可愛さに逃げ出し 孫の世代にまで背負わせることになってしまった。』

雨月シズクが両手を前に差し出すと、空へ向いた手のひらからボッと白い炎が噴き荒れる。

『今ここで決着をつけなければ。シズク、下がってな』

瞬く間に数百の火の玉となった白炎は形状を矢に変え、全てマダラに先端を見せていた。
炎の弓は灼熱。高密度すぎるチャクラが触れるものの体を陽の力で急成長させ、朽ち腐らせる。

敢えてマダラは一歩たりとも動かず、蘇りしかつての旧友を見下していた。

「なんと白々しい。オレを好いていたなら何故弟たちを見捨てた。見殺しにしてなお、何故お前はここに戻ってくる?そんなものは自己満足でしかない。お前がどうしようと、じきにこの世界は永遠の眠りに堕ちるのだ」

正しくあろうとする気高い魂。偽善的な発言。能弁を垂れて足掻く姿。炎の亡霊と化して尚色褪せない彼女が、マダラには気にくわないのだった。


『マダラ なぜ判らない。チャクラはふたつの世界を繋ぐ力。輪廻眼は目玉の奪い合いで生じるべきものじゃない。千手とうちは、2つの一族が手を取り合い、縁を結び、やがてそれぞれの一族を親子にもつ子孫が生まれることで開花すべきものだったんだ』

雨月シズクがゆらりと右手を体の前方へ揺らすと、炎の矢の大群も同じく数メートル前進する。

『例えどんな力を秘めた瞳だってお前には肝心なものが映ってない。わたしたちは間違えたんだ マダラ。他人の不幸の上に本当の幸せなど訪れない』

破魔の弓を引くが如くその手が空を斬ると、鮮やかな光の尾を引いて一斉に矢が放たれた。

『マダラ、わたしと共に地獄へ行こう』


うちはマダラと雨月シズクの一騎討ち。
シズクは祖母の壮絶な戦いを目に焼き付け、すぐに踵を返して戦線に戻った。

十尾を止めようと決死の攻防を見せる忍たち。
大人たちが次々と地に伏していく中、ボロボロの袖口から血を滴らせ、ナルトは笑みまで浮かべて立ち向かっている。
シズクがチャクラを忍連合へ分け与えると、忍たちは皆ナルトを庇うかの如く立ち上がった。

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