▼あの川だった

昨夜の戦いは向こうの森を一面焼き付くす程大規模なもので、被害もさぞ大きかろう。血の匂いを嗅ぎ付けて、川辺りへと走っていた。戦火の爪痕は痛々しいが、そんなことお構いなしに川面は今日もきらきらと美しく光っている。

浅く、流れの穏やかになったあたりからぽつりぽつりと人の影が見え始めた。水面に立ち、プカプカ浮かんでいる人間をひっくり返して首の脈をみる。ぴくりとも反応がない。深く抉れた傷口からもうが流れ出してないのを見る限り、息を引き取ったのはだいぶ前だろう。自分より大きな大人の体をひとり、またひとりと抱えては石砂利の岸辺に横たわらせる。
死んでいる。
あの者は。
あの者もこの者も。

「あーあ また全滅か……」

そう思った矢先、岸に打ち上げられていた忍の脈が僅ながらにふれているのをわたしは見逃さなかった。

「……生きてる!」

わたしは急いで少年を引っ張りあげ、木陰に運んで医療忍術を施した。
漆黒の跳び跳ねた髪。同い年くらいの男の子だ。傷を癒すと少年はすぐに目を覚まし、上半身を起こした。竹筒から水を与えようとしたが払いのけられてしまう。

「あっ!何すんのさ!」

「貴様 毒を含ませるつもりだな!」

「ちがうって。心配しなくても毒なんて入ってないよ。あー、せっかくの湧水が……」

「どこの者だ!名を名乗れ!」

相手もこどもだからといって一分の油断はなく、彼はもうクナイまで構えだしている。

「だから敵じゃないって言ってんでしょっ!わたしは雨月シズクだ!」

敵とも知れぬ初対面の者に一族の名は明かさない、それが当然の習わしであった時代。いけしゃあしゃあと己の姓を名乗ったわたしに向かって、少年はポカンと口を開けた。

「お前……んな堂々と名乗るなコラ!」

「聞いたのアンタでしょ!名を隠す必要なんてない。なーんにも悪いことしてないもん」

「聞いたことがあるぞ!雨月一族!戦に協力しないならず者だろう!」

他の一族からならず者と称される、それが私の一族だった。
死んだ者を弔い、生きている者を治療するのが我が一族の掟。戦争においてどの勢力にも加担しない、そのため誰の敵にもならず味方もしない存在。
教えに忠実に生きた父や母は戦乱に巻き込まれて死に、今は本当にわたし独りになってしまっていた。

「名前を尋ねたからには自分も名乗るのが礼儀でしょ」

「……オレはマダラという」

「マダラ?変な名前だなーっ」

「お前に言われたくねェよ!」

マダラは治療後 すぐに一族の隠れ住まいに戻った。
だがそれからというもの、その川でわたしとマダラは度々会っていた。
マダラは変な奴だった。キレやすく血の気は多いが人一倍情に溢れていた。戦争で生き残ったただひとりの弟の話をよく聞かされた。兄弟を持たないわたしは、口には出さなかったが、マダラをうらやましいと感じていた。
独りで一族の役目を果たし いずれ両親のように死んでいくのだと悟った歳に、現れたのがうちはマダラだった。戦場で手傷を負い川に流されてきた、それがまるで、神様が彼をここまで運んできてくれたかのように。
柱間もまた、川へ辿り着き、わたしたち三人は出会った。


「ここにオレ達の集落を作ろう!!その集落は子供が殺し合わなくていいようにする!!」

子供がちゃんと強く大きくなるために訓練する学校を作る。個人の能力や力に合わせて任務を選べる。依頼レベルをちゃんと振り分けられる上役を作る。
子供を激しい戦地へ送ったりしなくていい集落。柱間の提案は、きっと誰しもがどこかで望んでいた夢だった。

「さんせーっ!ね、忍者のための病院も作ろうよ!!そんで仲間を助けられるように医療忍術をみんなに教えるんだっ!」

「フッ……そんなバカなこと言ってんのお前らくらいだぞ」

「お前はどうなんだよ?」

「ああ。そうだな……その集落作ったら、今度こそ弟を…一望できるここからしっかり見守ってやる!」


ねえマダラ、いつだったか柱間と約束したよね。あの丘で三人して長いこと座り込んで、夢の里を語り合ったよね。
憎しみもなく、わたしたちは全員、年相応の笑顔を見せ合った。武器を手に心を押し殺したりしない、等身大の自分をさらけ出せる相手だった。
マダラと柱間。血の繋がらない兄弟が、わたしの生きる希望になった。

それがあるとき崩れたのは、二人が互いの姓を知った日だった。

夢を誓い合ったマダラと柱間は決別し、約束とは程遠い血生臭い戦場に身を投じていくことになる。

わたしたちはもう大人になっていた。柱間とマダラは一族の長となり、それぞれの一族に縁のある娘を妻に迎えた。しかしどれほどの月日が経とうとも、悲しい定めにあっても、あの頃の約束が遠い昔に霞むことはなかった。とりわけ、長い戦乱の世にあっても、柱間の芯の強い信念は折れることはなかった。

あの事件を思い出すのはいつも苦痛だ。
弟の扉間か自分自身の命か、どちらかを選べとマダラは柱間に迫った。あれが後々にマダラに対する千手一族の信頼を、特に扉間からの信頼を失わせるきっかけだったように思う。

柱間は究極の二択に応じ、迷うことなく弟の命を選んだ。それが兄としての当然の判断だと証明するように笑っていた。自分が死ぬ間際になっても一族の安定と平和を願う彼の姿は、マダラの中にかつての誓いを甦らせた。他でもないマダラの手が柱間のクナイを止めたのだった。

「もういい……お前の腑は…見えた」

マダラが無くしたのは。
柱間が託したのは。
わたしが嘆いたのは。
そして取り戻したのは。
三人の出会ったあの川、いつもそこにあった。

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