▼守るから

双子のきょうだい、じゃない。
妹?ちがう。
姉……とは掛け離れてる。
居候ではあるが他人とも言い難い。
そんなふうに、シカマルにとってシズクは一言では言い表しにくい関係だった。血は繋がっていなくとも同じ家に住んでいるせいで、少なくとも家族のカテゴリーに限りなく近く分類されるポジションだ。具体的にどういう距離感に着々したかの明解な位置付けがなされたのは、アカデミー生の頃の話。


その日シカマルは、おかしいとかんぐった。
同居しているからといって、シカマルとシズク二人が別々に奈良家に帰宅するというのはこれといって珍しいことではなかった。シズクが木ノ葉病院で修行してるとか、シカマルがアカデミーで先生の説教を受けているとか 理由はさまざまに。
しかし、普段なら「ただいま〜!」と元気よく奈良家の居間にやってくるはずシズクが、今日は無言で、それもソロソロと忍び足で廊下へ向かっていったのだ。
どうやら目指すは家の奥にある洗面所もしくは風呂場らしい。
まだ風呂の時間には早い。不審に思ったシカマルがあとをつけると、扉も閉めずに洗面所の流しに立っていたシズクは、絵に描いたように全身泥だらけだった。

「お前それ、どうしたんだよ」

「げ。シカマル」

シズクの手元には、同じく泥土まみれの本があった。自分より先にそれを洗い流そうとしていたらしい。シカマルが堪らずに問いただすと、シズクは指で髪に触りながらへらへらと渇いた笑いを浮かべた。

「え、えへへへ ちょっと……、泥に落ちて」

相手の目を見ないで話すのは、シズクがうそをついてる証拠。アカデミー生でありながら既に大人顔負けの頭脳と分析力を持ち合わせていたシカマルは、僅かな情報から答えを紡ぎ出そうとする。

「誰とだよ」

「えっ?あ き、キバとか」

「どこで」

「…アカデミーのそば」

ますますウソくせえ。シカマルがまじまじとシズクの顔を見ると、泥で覆われた膝に、擦りむけた痕が残っている。顔を擦りむいてるっつーことは、受け身も取んなかったのか。 推測がシカマルの頭を駆け巡る。

「な、なんでもないからっ」

シズクは口をぎゅっと結び、水道で本の泥を慎重に洗い流し始めた。
だんだんと露になってく古本の背表紙を盗み見て、なるほど、と合点がいって。
シカマルは其以上なにもいわずに玄関に向かおうとしたが、しかし戸口で 任務帰りの父とはちあわせしてしまう。

「どこいくんだ?シカマル。もうすぐ夕食だろ」

「公園にわすれモンした」

メシいらないから。
再び口を開きかけたシカクの足の下をくぐりぬけて、シカマルは家を飛び出した。

ときどき、シズクが同い年の奴らとケンカしてることを、シカマルはもちろん知っていた。
相手も目星がついている。いつだったか、チョウジをトロいとかいう理由で仲間はずれにしていたのと似たような連中だ。シカマルはあの忍者ごっこ以来、もうそいつらと口も聞いていない。それまでも、シカマルが正当な言い分で弁解したって、伝わった試しがなかった。
めんどくせーから論破しなかった。シカマルはしたくないことはしないし、出来ないことは無理にやらない主義である。これこそが、のちの猪鹿蝶を成り立たせる最大の秘訣だ。パワーあって勇気に欠けるチョウジ。勇気があっても冷静に欠けるいの。冷静だがパワーに欠けるシカマル。三人合わせてうまいことループする。
出来ないからこそ、誰かと手を取る。
それなのに、シカマルやシカマルの両親に何も打ち明けずに、シズクはひとりでケンカをしてくる。まるで 自分はひとりで戦いますから大丈夫です ひとりで全部解決します、と突き放されているような気がして、シカマルはいけすかなくて堪らなかった。
シズクを、シカマルは何故かひとりにできない。


アカデミーを迂回すると、そのグループはいた。大袈裟に笑って、滑り台に腰かけていたのだ。
太陽で赤く染まっている公園裏手、肩を押された小さなシカマルは、吹っ飛んで、がしゃんとフェンスにぶつかった。地面の花びらが宙に舞い、また落ちた。そいつらは鼻で笑った。リーダー気取りの年長が腰巾着を引き連れて、倒れたシカマルを取り囲む。

「お前ジョーニン班長の息子なんだろ?よわっちーのな!」

「うるせぇよ」

「あいつさァ、大人の医学書なんて読めねークセに持ち歩いて見栄はってやんの」

「みたか?水溜まりに本投げたときの顔!泥まみれになって追っかけてばっかみてえ」

と、シズクのことをばかにしながら。
やっぱりそうだった。シズクが木ノ葉病院から借りてくる医学書を、遊んだ拍子に落とすわけがない。
オイおまえら、と安い挑発をした自分が情けなくなった。シカマルは冷静だがパワーに欠ける。まだ力の弱いアカデミー生で、相手は同じ体格で集団となれば、勝算はない。

「恥ずかしくねーの」

「は?何が?」

「どうみても卑怯な手口だろ」

「だって父ちゃんも母ちゃんもみんな言ってるんだぜ!シズクはよそもので、ヤバイやつだって!」

「大人の言いなりなだけかよ。あいつのこと何も知らねーくせに」

そうやってシズクもナルトも遠ざけられてしまうのだ。どちらもめっぽうバカなのは確かだけど、悪いやつではない。同じ里の仲間であるはずなのに、こいつらは相手を侮辱して、泥の水溜まりに突き落として、笑うのだ。

「また屁理屈言いやがって!」

小さい拳で殴られて、切れた口の端から血の味が広がった。
洗面所の鏡が映し出したシズクの、今にも泣きそうな顔を思い出す。なんでだよ。なんでこいつらなんかにアイツの笑顔、奪われなきゃなんねーんだ。と。自分でも呆れるほど弱いことに腹が立つ。
吹き抜ける風がつよくなって。
気味悪い夕日がいつもよりくすんでいる。
殴られて尻餅をついてるオレの、背中の方向から、他でもない当事者の声がとんでくる。

「シカマルーー!!」

シズクは全速力で駆けてきた。

「うわっ!!泥おんな!」

癪だが奴らの呼称通りだとシカマルは思った。
シズクは泥を洗い流さずにシカマルを追ってきたらしい。汚いことこの上ない。

「シカマルにケガさせたら許さないんだからぁぁっ!!」

その姿でシズクはリーダー気取りのヤツに渾身の跳び蹴りを食らわせ、一心不乱に拳を振るった。
それだけで腰を抜かした奴らは、蜘蛛の子を散らしたように公園から逃げていった。

シカマルはシズクのために仇討ちで来たのに、何故か助けられてしまっていて。これではどちらが助けにきたかわかったものじゃない。

「シカマル、だいじょうぶっ!?」

シカマルを覗き込むシズクは、鼻頭まで泥で黒く汚れている。頬を真っ赤にして大きな目を涙で潤ませていた。

「オレ かっこわりぃー……」

「そんなことないよ。シカマル、ヒーロー忍者みたいだった」

「バカ、ヒーロー忍者なんて柄じゃねえよ」

めんどくせー。そう愚痴りたかったのに、シカマルの口は別の言葉を紡いでいた。
掠れた喉で、シンプルに言葉をつないで。

「お前さ」

「うん」

「あーいうの来たら、言えよ」

「でも」

「あんなやつら、いのしかちょうならヨユーだっての」

「…そーだね」

「超めんどくせーけど オレが、まもってやるから」

「……うん」

ほろりとこぼれ落ちた透明の涙に、ハンカチも持ってない自分。アンタ泣かせたんでしょって、母ちゃんにどやされなければいいけど と考えつつ、また空を見上げた。焼けた夕日はさっきより真っ赤に きれいに染まっている。
さあ帰ろう。
夕飯の時間、過ぎてる。

*

それから。何度も何度も季節がすぎて、春がきた。
あたたかい陽気に誘われて、シカマルは毎度のように二度寝。うるさいやつが叩き起こしにくるまで。

「シカマルー、なにしてんの!遅刻するよ!」

来た。

「もうちょい あと五分……」

「下忍説明会遅刻しちゃうよ!」

開け放たれた窓には、うるさい幼馴染みが姿を覗かせているんだろう。見なくともわかる。ため息を吐く。いつもと同じ いや、衣紋掛けの忍服に額宛てがとめられてあるところだけ、昨日までと違うか。今日から新しい生活がはじまる。
ぼんやりとした視界にだんだんと鮮明になっていくのは、シズクの嬉々とした笑顔だった。

「髪ぐらいとかしてこいよ ボサボサ頭」

「よけーなお世話ですっ」

あれから何度も何度も季節が巡って、ふたりは今日、下忍になる。

- 15 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -