▼02 統べる者(二)

「カカシ先生ェ!!」

朝っぱらからノックもなしに、騒々しく押し入ってくるのは誰かって?
言わずもがなうずまきナルトだ。

「シズクが長期任務に出発したって、なんで教えてくれなかったんだってばよォ!!」

寝不足の頭に、ここぞとばかりにキンと響く不平。ようやく帰ってきたか、やれやれ。
書類から目線を持ち上げると、英雄と名高い忍者は子供のようにへそを曲げている。困ったもんだよまったく。

「サイから聞いたぞ!誘ってくれねェなんてひでーよカカシ先生!」

「だってお前、誘おうにも無断外出してたでしょ」

「あ!あれはそのォー……サスケの見送りで火の国の国境まで…ちょい出かけてて」

そんなとこだろうと思った。
旅立つシズクを里の境界線まで見送りに行く時分、当然ナルトの所にも寄ったのだけれど、自宅はもぬけの殻。一楽にすら姿はなかった。いないんじゃ声のかけようがない。

「付き添いでもなんでも、里を離れるときはせめて一言断ってから行きなさいよ」

自業自得ってやつだよと やんわりとたしなめても、「でもさ」ナルトは口を尖らせて不満をいっそう露にした。

「シズクのヤツ 雨隠れに行く任務だってことも教えてくんなかった!聞いてりゃあオレってば勿論一緒に行くのに、水っぽいってばよ」

「それを言うなら水臭い、でしょ」

「そ!それそれ」

悪友に除け者にされた寂しさだとか そんな単純な理由でナルトが腹を立ててるわけでないのはオレにも判っている。ナルトだからこそ憂いも深いのだ。
暁の表向きの首領であり雨隠れの統治者・ペイン長門による木の葉の里の襲撃。あの一件をこそ、痛み分けをも超越した解決だった。その後 木ノ葉側が雨隠れに責任を追求しなかったのは、ひとえにこの少年の進言による。
和解の道を切り開いたときから ナルトにとって雨隠れは、“打倒し終えた敵”で片付けられない存在になったのだ。

「なぁカカシ先生!オレも雨隠れの任務に行かしてくれってばよ」

「ダメ」

即答。椅子をくるりと回し、ナルトに背を向けて朝日を拝む。ケチと後ろから小言を吐かれても耳が遠いフリをした。
友の旅立ちを受け、精悍な横顔のひとつでも見せればカッコつくってのに。どこまでも等身大の17歳だ。

「ナルトによろしくてね」

「そういうのは本人に直接に言ってやってよ」

「いいの。あと、あんま頑張りすぎないでねっていうのも」

出発前 そっけなく繕われたシズクの態度にこそ矜持が示されていた。木ノ葉襲撃であれ忍界大戦窮地であれ、ついつい背負いこんでしまうナルトにこれ以上、雨隠れの件までしょいこませたくないという頑固な意思が。

「もう到着したかな……」

可愛い子には旅をさせよ、という言葉をはじめて口にした人に心底感服。
オレの可愛い子は大の男を指一本で薙ぎ倒す子だけどさ。たとえ信頼が深くても 身一つで旅立たれて心配じゃない親なんている?
ま、悪い虫がつかなきゃいいんだけど。


*

カカシ先生が木ノ葉の里で気を揉んでいることなど全く知る由もなく、私はこちら 雨隠れ里の長と晴れて初対面を迎えた。
里を統べる方にお目通り叶い、里の忍と変わらぬ忠誠を誓うというシナリオが理想的だったけれど、現実はそうそううまくはいかないもの。
肩透かしを食らったのにはいくつかの理由がある。
まずは場所。里内でも最下層部と思わしき、寂れた地区の廃屋に誘導されて扉の前で身を固くした。なにか罠でも仕組まれてるんじゃないかって。
いやいや これから仲間となる人々に対して疑心暗鬼になるのは良くない。気を取り直して錆ついたドアを押した。できるだけ、柔らかな声を努めて。

「失礼いたします」

目の前には新しい指導者が鎮座していたけれど、どうにも顔が見えない。
なぜなら―――きわどいグラビア雑誌の後ろに隠れていたから。

「……あ、あの」

ヒモビキニのお姉さんの表紙から顔を覗かせたのは若い男のひとだった。

「お?あァ 悪い悪い」

さすがに我愛羅とまではいかずとも、私と三、四歳ほどしか変わらない年齢だろうか。長身で、アンバランスなほどにひどく痩せている。

「雨隠れの里の任務支援に参りました。月浦シズクです。不束者ではありますが、よろしくお願いします!」

「あァ……月浦上忍か。遠路はるばる御足労いただき感謝する」

先程 彼を頭のてっぺんから爪先までまじまじと凝視してしまったが、彼は私を軽く見流しただけだった。しかも 唯一注視されたのは、輪廻眼ではなく胸部だった。

「小さめ……。登録写真は首上だったからなァ」

変態かっ!!

まさかここに来てまで担当上忍以上のオープンスケベに出鼻を挫かれるなど 想像もしていなかった私は思わず心の中でツッコミ。
すっかり気持ちを乱されてしまった。この人がほんとうに里長?失礼ながら、彼単体を切り取っても木の葉の若い忍たちと何ら代わり映えがない。半蔵、ペインの次に名を連ねる里の長には見えなかった。

「まァそれはいいんだった。……俺の名はテル。一応里長をやってる。そしてこのみすぼらしい部屋が 我が城」

彼の視線の追うようにして、私も部屋をぐるりと見渡す。およそ統治者が居を構えるにはふさわしくない、どこからどう見ても生活感のある一介の住居で、中央に置かれた円卓と椅子が不釣り合いに大きかった。
そして 歴代火影の卓上が判子を待つ書類や巻物でごったがえしていたのに対し、例のグラビア雑誌が伏せられている以外、この机の上には何もなかった。

“一応”里の長で、
付き人ひとりいない執務室に、
とってつけたかのような長のための椅子。

「君とは話すことが色々とありそうだけど、まずは旅の疲れを癒した方がいい。今日の夕刻に会議がある。それまでは休んでてくれ……これから滞在する部屋に案内させよう」

テル様はこちらに気さくな笑顔を向けながら言ってくれたが、その自然さはやや巧妙すぎて、かえって作り笑いを感じさせる。

「疲れてはいません。……テル様、もしよれしければ、先にお話の方をお願いできませんか?」

そこで彼ははじめて輪廻眼をしっかりと捉えた。

「私は雨隠れの現状を知りません。この里の忍たちとお会いする前にきちんと知っておきたいです」

「そう」

てっきり反対されると思ったけれど、返ってきたのは明瞭な頷き。

「それなら、朝からヘビーな話といこうか」

今度の笑みは社交辞令ではなく、目を光らせたあやしい弓なりだった。「こういうときは、“百聞は一見に如かず”だ」

テル様は脈絡なく言い、私をある場所へ案内した。雨隠れの中心部からやや西にそれた地区にある一番高い塔。その最上階だった。

抜けるように広い空間に足を踏み入れたとき、ここがどのような場所であるかを認識する。無言で祭壇へ歩み寄ると、サンダルが大理石の床を擦る音が高い天井まで響き渡った。
彼女の笑顔を見たことは一度としてないけれど、同じく仲間の亡骸と共に眠る小南の顔は、とても安らかだった。

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