▼あした暗闇でも

好きな人の背中はどんな雑踏ででも見つけられた。炎の指先に力をこめて、シカマルを後ろから抱き締めた。半物質のこの体では触れている実感があまりないけれど 頬を肩に預け、瞼を伏せる。
数日も経ってないのに、何年も会ってないみたいだった。

あったかい背中。あなたの匂いは灰や血が混じっていても、安心する。ほっとする。あなたのそばに、いちばんの幸せを感じるよ。

“螢火”の術を使い、炎を受け皿に自分の魂をチャクラごと肉体から取り除いてしまえば、私の体は脱け殻になり、十尾に利用されることはなくなった。



『シカマルが無事で良かった』

「……お前なあ、死んだヤツが何言ってんだよ。超バカ」

『ごめん。私 先に死んじゃったや』

「ごめんで済むか。大体なんでそうなんだよ。単独行動したら今度こそ別れるって前に念押ししたよな?」

『それは……その』

「最後までオレのそばにいるとかもお前から言ったんじゃねーのかよ。約束取り付けといた挙げ句破って死ぬとか 信じらんねえ」

『ううう』

シカマルの言葉が刺さる。ちくちくというレベルではなく、ぐっさり。
そうだよね 残されたほうも辛いよね。

『シ、シカマル、化けてでもいーから帰ってこいって言ったのに!気持ちはわかるけどそんな責めなくてもっ』

「バーカ、からかっただけだっての」

『ガーン……』


「……忍じゃなかったら、お前もこんな早く死ぬこともなかっただろうな」

後ろからは、シカマルの表情はわからない。ぎゅっと強く抱き締めようとする。
ねえ 些細な日常も私は好きだよ。
里で暮らす毎日が好き。朝起きてご飯を作ること。晴れた日の掃除や洗濯。明日には忘れてしまうようなとりとめのないお喋り。
忍じゃなかったら、そういうの毎日こなしてたのかな。
想像できないや。

『里で誰かの帰りを待つのもいいかもしれないなって思うけど、でもそれだけじゃ満足できないみたい。私は今、嬉しいよ。こうしてシカマルのそばにいられて』

どんな姿になってもいい。会いたかった。
たとえそれが地の果てでも、戦場であっても。たとえひとときだけでもいい。私は、この今が全てだと気がついて。
私は、あなたとみんなと笑う今を生きるのだ。

私の一番居たい場所は、シカマルの隣だよ。
私は御霊にかわってしまったけど、もう少しだけそばに置いていてね。


放つ光が増すと、シカマルの影もいっそう濃くなり、影真似の力も強まる。拘束の強化に十尾の抵抗も一度怯んだ。
突然忍連合の側へ現れた光に勘づいたのか、マダラは振り返って十尾の背の頂を見る。私の体はまだそこにあるが、リンクしていてもチャクラの吸引が停止している。写輪眼で見透かしても、私の肉体は生気もチャクラもなくなっているだろう。からっぽなんだから。

「オビト!誤って小娘を殺したか!?」

「違う。オレは何もやってない。むしろアンタの仕業だと思っていたが?」

珍しく語尾を荒くするマダラに対し オビトは冷淡である。

「あの輪廻眼は手駒に使う手筈だったというのに!あれは噂に聞く雨月一族の“螢火”……まさか自分で自分に“螢火”をかけて死を選んだのか」

「小賢しいな。 “螢火”と輪廻眼の“人間道”を併用するとは」


チョウジ君たち秋道一族が押し留めている巨大な尾の先端部から、木遁がピンポイントで発射される。狙いはシカマルをはじめとする奈良一族の忍だ。

「散れ、奈良一族よ」

「シカマル避けて!」

チョウジ君の悲鳴が聞こえる。しかし影真似解除で十尾の足止めが水の泡となるのを懸念してか、奈良一族は誰ひとりとして術を解こうてはしなかった。


『皆には手出しさせないよ』

私は両手を翳した。

神羅天征!

薄紫の波紋の瞳が放つ斥力により、挿し木は一本残らず進路を逆戻りし、十尾の表皮へと深くめり込んだ。

「その調子で援護頼んだぜ」

『うんっ!』

肉体を離れ、私は人ではなくなった。きっと生前の夢や理想はもう報われない。叶わない。彼との未来に手は届かない。それでも、こうして一緒に戦える。
あした暗闇でも 私はあなたと生きる今を選んだ。


あなたは影を使う。
そのために私は光を灯す。
あなたの力になる。

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