▼ふたたび
同刻・十尾の戦地。
若き猪鹿蝶の連携攻撃の末 十尾は奈良一族総出による影真似の術に捕らわれた。
「動きは止めた!もういいぞいの!」
いのはシカマルの声に反応し、心転身の術を解いて自身の身体へと帰還する。
「うっ……」
「大丈夫か!?」
「ええ」
術を解いた直後で目が眩むも、いのはすぐにシカマルへ頷いた。シカマルも影真似に全神経を集中させながら、横目でいのを見る。
「ひと仕事終えたとこで悪ィんだけどよ。もう一回頼めるか」
「もちろんよ。何?」
「今度はあいつのとこに頼む」
シカマルの言う“あいつ”が誰なのか、名前で呼ばなくても、いのにはよく分かっている。
「相当難しいんだから 帰ったら奢りなさいよね!」
いのは即座に両手で三角の印を結び、チャクラを練った。
「キバ しっかり支えてなさいよー!!」
「おうよ!!」
囲った指の隙間からいのが狙い定めたのは、十尾本体の精神ではなく、その頂部分にいるはずの人物へだった。
「心転身の術っ!!」
いのが辿り着いた場所は、深く暗く 精神の世界であるというのに十尾のチャクラが木の根のように張り巡らされていた。
すぐ前すら、見通しがつかない。
目を凝らし、いのは名前を呼んだ。
≪シズク!≫
すぐに、ちいさな声で返事が返ってくる。
≪来てくれたんだね。いの≫
声は 根が最も密集する中心から聞こえた。
近づかなくては。いのはそれら掴み、押し分けて前に進む。 無限に絡まる根の一部分を掻き分けると、友が顔を覗かせた。
≪シズク……≫
シズクの体に吸着した根は、まるでシズクから養分を吸って繁茂してるようだった。
≪……どうしてこんな…≫
≪私のこんな姿を知ったら、シカマル怒るかなぁ≫
≪怒るに決まってんでしょ!バカじゃないのアンタ、とんでもないムチャして、もう……!!≫
十尾がシズクのチャクラを取り込もうとする勢いが強く、その影響からか 心転身の術は不安定になっていた。いつつながりが途切れるか判らない。ここへは伝言を伝えに来たのだ。
≪……シカマルの伝言 預かってきたわよ≫
涙を堪え、いのはシズクに耳打ちする。
悲しく 残酷な通達だった。しかし聞き終えたシズクは穏やかだった。
≪さすがシカマル。私も同じこと考えてたの≫
いのはシズクの体を蝕む根を握り締め、頬を一筋の涙で濡らした。
≪アンタは本当にそれでいいの……?≫
頷くかわりに シズクはもう一度微笑んだ。
陽遁・螢火
心転身の術を解くと、いのはちいさな光を見つけた。螢のようなその淡い光は徐々に明るさを強め、真夜中であるにも関わらず 倒れた忍たちの姿を照らし出す。
やがて光は炎へとその輪郭を変えた。
その炎は全てを焼き尽くす業火ではなく、薪のように柔らかで穏やかな炎だった。
あたたかく包み、飲み込んでいくように。
「あれって」
揺れる炎の輪郭は人の姿へと変容した。
十尾拘束のために影真似の印を結び続けるシカマルは、額に汗を浮かべながらも、背後の白い炎へ声をかけた。
振り返えらずとわかっている。
「遅えじゃねーか」
ちりりと火の粉の波打つ両手が、背中から腹部へと回され 肩に温度を感じた。
『待たせてごめんね』
声帯と呼ぶべき器官なしに、この声はどこから響いているのだろう。
頭の中に直接語りかけてくるのだろうか。
違う。確かに声はここにある。
いのは今度こそ涙を堪えることは出来なかった。
シカマルに背後から抱きつき、肩に頬を預けて幸せそうに微笑むシズク。その体は炎を依り代に、もう人ではないものになっていた。
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