▼決心

オレと親父に、仲良い親子っつう表現はあまり合わねェような気がする。
親父はからっきし頭が冴えてて、一族の当主としても上忍班長としても優秀だ。だがウチに帰って口を開けば「かーちゃんに怒られちまう」の一点張り。しまらねえなと思ったことも、ある。

だが幼え頃から今の今まで、オレが成長しても親父の背中は、いつまでも広くて高ェままで。
大切なことを言葉にしない 寡黙に家紋を背負うその背中の後ろを、オレは見てきた。


これが最後の会話ならと、オレに託していく親父を最期安心して逝かせるために 言葉を選んで繋いで。
途切れた後も冷静だった。
泣き声を言うほど、オレはもうガキじゃねえから。

正直に言やぁ、無限月読だか何だか知らねえが、オレはナルトみてェに100パーセント、否定できる正義感を持ち合わせてねェ。
幻の中ならアスマも親父も健在だ みんな生きてんならいっそそっちの世界のほうがと思っちまう自分もいる。
きっとそこなら アイツも助かる。

今まで何度もオレは逃げ出して、めんどくせーと言い訳していろいろ曲げた。
守ってくために人も傷つけた。
けどな。
作戦の次の指示を出さずにオヤジは逝った。オレがこの先を託された。
今、一人また一人と仲間が倒れ、木遁で貫かれて息を引き取ってく。向こうでは、ネジがナルトとヒナタを庇い、自らの体を投げ出して守りきった。
そして敵は言う。幻の世界なら皆生きてる だから来いってな。

そんなバカな話あるかよ。


オレは攻撃をかわして立ち上がる。十尾の背にはシズクの姿がまだ目視できる。
お前は諦めずに、何度も立ち上がってきただろ。ならオレも、助からねーと言われても手放すわけにはいかねーよな。

いつだったか、親父はオレにこう言った。

「たとえ何があっても必ず連れて帰って来い。あの子の一番居てえ場所がどこだか判らねェわけねえだろどんなに重くても好きな女の涙は抱えてやれよ」


*

いつだったか、由楽さんは私にこう言った。

「あなたにはみんながついてるんだから大丈夫。ぜったいに手放しちゃダメよ。大切にしなきゃね」


十尾の結界に踏み入ったとき、何も怖くないと、自分に嘘をついていた。
怖くないわけなかった。怖い。これから十尾に取り込まれるのも、マダラに利用されるのも、みんなを傷付けるのも、たまらなく怖くて仕方がない。

震える手を胸元に寄せると、指先が首からさげたチェーンの先に触れた。服の中から取り出して きらりと光るそれ。シカマルからもらった指輪だ。なくさないようにと、里を発つ前日にシカマルがかけてくれた。
無事里に帰ってきたら本物を薬指にはめてくれるって、そう約束したのに、二度と果たせない―――

このままじゃもう会えない。
私はいったい、何のために生きてたの?



「何故独りでこんなところにいる」

膝をついてはらはらと涙を流していたら、背後で声がした。
頭上を見ると、私のすぐ後ろで ネジが厳しい表情で腕組みして仁王立ちしていた。

「……ネジ…?」

忍界大戦の忍装束のネジは、唯一 額宛てをしていなかった。普段隠されている額が露になり、そこに刻まれている筈の日向一族の呪印紋様は、なかった。

ネジは

……ネジも、死んだんだ。

真一文字に結んだ口の端をふっと緩め、ネジは穏やかに笑った。

「なんてな。覚えているか?今の台詞は以前死の森でオレがお前に言ったものだ」

「死の森……」

「初めて会った時だ」

中忍試験 第二の試験。死の森で大蛇丸に襲撃され ナルトたちと離ればなれになった私は、偵察中のネジと出くわしたんだ。

「あのとき、ネジが私を背負ってみんなのところに連れていってくれたんだよね」

「お前が這いずってナルトたちのところに行くと言ってきかなかったからだ。仲間がいるからいかなくちゃ、と」

「……バカだったよね」

「本当にな」

ネジは私の後ろから離れ、横切り、前方を見渡した。彼の行く方向 おじさまやいのいちさんはもう 見えない。

「お前らしくないな。こんなとこに留まってるのは」

「……私らしいって何?」

「そうだな 仲間か敵に狙われて、自分も動けなくなってる…そんな状況でも助けようとするのがお前だ。たとえどんなに無謀でも矛盾していてもやる、たとえ相手が敵でも救おうとする」

「……」

「お前がここに留まってるのは、死んでも果たしたいことがあるからじゃないのか?」


「もう私のように苦しむ人がでないように、この戦いの連鎖をあなたが終わらせて」

頭をかち割られたような気分だった。
そうだ。私には約束があった。もう何年も前に交わした誓いを、眼を閉じて心に唱えるように確かめた。
抗争にその人生を奪われた人。私が命を奪った人に、戦いばかりのこんな悲しいに終止符を打ってと頼まれた。
ごめん八重。約束から逃げてまたあなたを裏切るところだった。
あなたに託された世界だったのに。


「ありがとう。今思い出したよ」

どこからか吹いてくる風に、長い黒髪が靡く。ネジの瞳は逸らされることなく前を見ていた。

「この先だと分かってるのに見えないな」

オレは目には自信があるんだが。
そう呟くネジの顔は穏やかだった。

「この先に何が見えるか 確かめるのもいいかもしれん」

「ネジ、」

「今度は オレはお前を背負って連れて行きはしないぞ」

彼は笑顔を見せ、道を歩き出した。
多分もう振り返ることはない。

「うん」

ネジはこれから 誰も知らない まだ見ぬ世界のその先に何があるのかを探す旅に出る。
鳥のように自由に。

思い描くものと違うなら運命を変えちゃえばいい。ネジ、あなたにそう教わった。私は立ち上がり、ネジとは反対の方向に走り出した。


八重、私はあなたと出会う前も、出会ったあとも、たくさんの人と敵対したよ。殺すべき敵でも、その誰もが孤独や重すぎる荷を抱えていた。完全なる悪人なんてひとりもいなかった。
白。再不斬。我愛羅。カブト。大蛇丸。イタチ。小南。長門。わかり合えた人もいる。違う形で会えていたら仲間になれた人もいる。信じる、変えられないものはないって。

やっと見つけた私の忍道。

見つけたら。
叶えないと。

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