▼狭間
現実世界じゃない場所で目をさました経験が、私には何度かあった。
たとえば、いのいちさんの術で入り込んだ精神世界。たとえば、ナルトとサスケの術が拮抗して現れた世界。
ここはそれらとどこか似ていて、瞼の裏で光を感じて目を開くと、まっさらなところに ぽつんと立っていた。
振り向いて辺りを見渡す。
何もない。
どこに立ってるかもわからないほど、空も土もなくどこまでも白い。
よくよく目を凝らすと、遠くのほうには人影があった。
それもひとりじゃなく、何人も。
知らない人が同じ方向へと歩いていく。木ノ葉の中忍ベストを着た忍もいれば、他国の忍もいる。
忍じゃないお年寄りや、中には、こどもも。数はだんだんと増えて、休日の木ノ葉通りみたいに賑わっていた。
流れにじっと目を凝らしていると、よく知る人を見つけた。
「いのいちさん」
人混みの中から乗り出すと、隣には、高い位置で一つに縛った黒髪の忍もいた。
「おじさま?」
いのいちさんと共に、他の人たちのように どこかへと歩いていこうとしている。
「いのいちさん!おじさま!ねえ!」
二人には聞こえていないのか、返事がかえってこない。人の間をすり抜けて、私はおじさまに近付いた。
ここはどこ?
なぜこんなところにいるの?
一体どこに行こうとしてるの?
「待って!」
やっとのことで追い付き、服の袖を掴むと、おじさまはようやくこちらを振り向いてくれた。
私を見て、困ったように笑う。
忍連合の指揮をとる上忍としての顔じゃなくて、家にいるときのおじさまの顔だ。アカデミーでシカマルが悪い点を取ったとき。私がイタズラをして帰ってきたとき。いつもこんなふうに眉間にシワを刻んで、笑みを浮かべてくれた。
おじさまは何も言わなかった。
大きな手のひらで私の頭をちょっと乱暴に撫でまわして。
そして、私の肩を掴んでくるりと180度転回させた。
背を向けさせられた体を、もう一度おじさまへ向けようとした、そのとき。
「ストップストーップっ!」
女の人の高い声がして、背後で手首を掴まれた。
「……え?」
息を飲んだ。彼女の顔が私と瓜二つだったから。
私よりもいくつか大人びた顔立ちではあるものの、そっくりだ。
「そりゃびっくりするのもわかるけどさ。記憶の中で会ってるでしょ。そんなに驚かなくても」
くつくつと笑うその人に、私は恐る恐る、たずねてみた。
「おばあちゃん?」
「そうだよ。はじめましてだね、シズク。……って、同じ名前だと自分を呼んでるみたいでヘンな感じだなぁ」
雨月シズクはニカッと歯を見せて笑み、私の手首をやっと離した。
あんたの中にわたしの若いときのイメージがあって良かった〜。じゃなかったらヨボヨボのババアで出てこなくちゃあならなかった。しっかしホントにソックリだねえ。
おばあちゃん もといシズクさん、一応初対面にも関わらずよく喋る。
「突然こんなとこで驚いたでしょ。ここは狭間」
「狭間?」
「知らない?“螢火”を使い慣れてないならそりゃそうか。ここはね、最期を迎えた魂が通るこの世とあの世の境。ここにきた人たちはいずれ旅立つんだよ」
その言葉に愕然とし、彼らが向かう先へと振り返った。
いのいちさんとシカクさんの背中が小さくなってしまっている。
いのいちさんやおじさまは、戦地から離れた本部にいたはずなのに。
すぐに駆け出して二人を追おうとするも、またしてもおばあちゃんに行く手を阻まれてしまう。
「ちょい待ちって!」
「離して!それって、おじさまたちが死んじゃうってことでしょ!?早く引き留めないと、」
「ダメなんだ。みんなもう死んでる」
「でも!」
本部までもがマダラたちの襲撃にあったんだろうか。戦場を思い出しながら、私はあることに気づき、自分の片方の瞼に触れた。
「そうだ、あの術……輪廻転生なら、おじさまたちを蘇らせ、」
言い終わる前にパァンと乾いた音が響き、おばあちゃんが、私の頬を叩いていた。
こんな場所にいても感覚があるのか。叩かれた頬が痛い。
「よく聞いてシズク。あの人たちは死を受け入れたんだ。だからさっきあんたに何も言わなかった。限りある命で懸命に戦い、死を受け入れ、ここを通り過ぎようとしてる」
「……」
「あんたの気持ちはわからなくもないけどね。でも死を受け入れた魂をもう一度戦場に戻してまた彼らを戦わせるの?」
「でも おじさまたちが」
たちまち涙が溢れて視界がぼやけてしまう。
私はおばあちゃんの肩にすがり付いて、泣いた。
「彼らは、勇敢な忍たちだったね」
*
「ここにいるってことは、私も死んだの?」
勇気を出して聞いてみると、おばあちゃんは私の肩から手を離した。
「冷静に聞いて欲しい。現実世界のあんたの体は、いま十尾に取り込まれてリンクしてる。身体エネルギーが吸収され続けているんだ。これはマダラ側からじゃないと切り離せない繋がりだ」
「身体エネルギーを吸収……?」
「あんたが自分の精神エネルギーを無意識にこの“狭間”に避難させたおかげで堪えてるけど、本来身体エネルギーと精神エネルギーはセットだ。さまざまな血が混じり、輪廻眼を得たあんたは利用されてる。このままではお前の意識も十尾に吸収され、やがて十尾の一部となる」
「私が…ナルトやみんなを殺す側になるってこと?」
「…」
沈黙は揺るぎない肯定だ。
おばあちゃんから数歩距離を取り、がくりと膝をつく。
私とおばあちゃんの傍らを通り過ぎる忍たちは、十尾との戦闘で命を落としたに違いない。おじさまの反対を押し切って十尾と接触し、私は失敗したどころか、敵側の都合のいい道具となったんだ。
無言で涙を流す私を見て、おばあちゃんは眉を寄せて呟いた。
「すまない。元はと言えばわたしたちの世代が生前にマダラとちゃんと向き合っていれば、あんたたちに苦痛を強いることもなかった。わたしが事実上の抜け忍となったせいで、あんたに肩身の狭い思いをさせた。……心底申し訳ないと思ってる」
雨月シズクは同じように膝をつき、私の涙を自分の指先で拭った。
「わたしがあんたにしてやれることが、ひとつだけある」
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