▼陰と陽
サスケの肩に残された呪印に沿って、オレは自らの血で、床まで続く封印の術式を書き上げた。
「うわー めちゃくちゃ複雑な式」
治療は済んだのだから試験会場に戻りなさいよと言ってもシズクは動かず、興味津々で封印の術式を眺めていた。
「よし!サスケ、少しの辛抱だ すぐ終わる。シズクは居てもいいけどちょっかい出すんじゃないよ」
《封邪法印!》
右手を呪印に強く押し付けてチャクラを練ると、連ねた血文字は 大蛇丸の呪印を囲む輪のように織り込まれていく。
「ぐっ…!」
「まだだ、動くなよ。…サスケ、今度もしその呪印が動き出そうとしても、この封邪法印がそれを押さえ込む」
最後の一文字が消えると、呻き声をあげてたサスケはガクリと頭を垂れた。
「ただし……この封印術はお前の意志の力を礎にしている。もしお前が 己を信じず揺らぐようなことがあれば、呪印は再び暴れ出す」
「……判った…」
荒い呼吸のまま耐えていたサスケは オレの忠告を最後まで聞き終えると、すぐにふらっと倒れてしまった。見守っていたシズクが急いでサスケの側に駆け寄る。
「サスケ!!」
「ガラにもなくそーとー疲れたみたいだな」
「もうチャクラを練っても影響しない?」
「ほぼね。しばらく安静にしててもらうけど」
「……良かったぁ。サスケ、受け身とれない位苦しそうにしてたもんね」
「封印の法術まで扱えるようになるなんて 成長したわね、カカシ」
何の前触れもなしに、その声は回廊に響いた。
「!?」
「お久しぶりね、カカシくん」
柱の暗がりから突として現れた長髪の忍は、眼孔を怪しく光らせていた。オレはほとんど反射的にサスケとシズクの前に立ち塞がる。気を失っているサスケを庇ってか、シズクもサスケの肩を支えて 警戒を強めていた。
「……大蛇丸」
「悪いけど君には用ないのよ。あるのはその うちはの子」
「なぜサスケをつけ狙う!」
「フン。君はいいわよね もう手に入れたんだから。昔は持ってなかったじゃない?その左目の写輪眼!」
そう、奴は勿体ぶったように言い放った。
額宛ての下に隠した左目の写輪眼は 神奈毘橋の任務の末にオレが譲り受けた、オビトの形見だ。
その話はやめろ。後ろにいる教え子たちに あのことはまだ知られたくはない。
「わたしも欲しいのよ。うちはの血がね」
「目的はサスケだけか?」
「最近できた音隠れの里、アレは私の里でね……これだけ言えば分かるわよね」
「……くだらない野望か」
しばし睨み合いながら、さて奴を前にこの場をどう乗り切るか。手負いのサスケに下忍のシズク。大蛇丸とサシでやり合うには些か不利だ。
しかしオレが考えてるそばからシズクは果敢にも大蛇丸に叫んだ。
「いますぐサスケの呪印を消せ!!」
「あら あなたも死んでなかったのね」
大蛇丸はシズクを捉え、裂けた細長い口をさらに広げて笑んでいた。
どういうことだ 大蛇丸の目的はサスケだけじゃないのか。シズクに脇目をふると、彼女はサスケを自分の影分身に任せ いつ戦いになってもいいようにクナイを握っている。
「なかなか面白いお嬢さんじゃない?名前はなんていうのかしら」
「月浦シズク」
「聞いたような名ね……。微量とはいえ、プレゼントした私のチャクラを凌駕するなんて大したものだわ。あなたはいい実験体になりそう」
「これ以上オレの部下に手を出すな!」
背後のシズクに向けてハンドシグナルを出して、弟子たちの前に立つ。
「ククク、よほどその子たちが大切なのね。怖いカオ……冗談よ。今行動を起こせばせっかくの計画が台無しですもの」
「いくらあんたがあの三忍の一人でも、今のオレならアンタと刺し違えることくらいはできるぞ」
虚勢じゃない。現に右手に走る雷切は、一度に発動できる最大出力のものだ。けれども、暗いフロアが青白く揺らめいても、大蛇丸はなぜか高らかと笑っている。
「すること言うこと全てズレてるわね。分かるでしょ サスケ君にそんな封印してみてもまるで意味がないわ。目的のためにはどんな邪悪な力であろうと求める心…彼はその資質の持ち主 復讐者なのよね」
復讐者だと?同胞でもないお前になぜそんなことが解る。
「それに、シズクだったかしら。あなたもこっち側の人間でしょ?」
「こっち側……?」
「いくら光が強かろうと必ずそこに闇は生まれるものよ。強ければ強いほどより深く」
「だがこの子たちは…」
「いずれ必ず私を求めるわよ。力を求めてね!!」
大蛇丸は一層不気味な笑みを浮かべると、オレに対して何の躊躇いもなく背を見せた。
「それに 君が私を殺すんだって?やってみれば?できればだけど」
「……!」
数多の戦いに身を投じた忍なら、相手との力量の差は簡単にはかれてしまうもの。その瞬間 オレは自身の最期をイメージさせられた。
首。血。屍。
刺しちがえるだと……?バカか、オレは。
掠れた高笑いを聞きながら、右手の雷切の勢いが徐々弱まっていくのを感じた。
シズクはなおも敵を見過ごせないようで、オレは脇から飛び出してきた教え子の首根っこを捕まえて引き止めた。
「よせ シズク」
「はなして!適わないのはわかってるけど逃がしておけない!」
大蛇丸の消えた方向を睨み、シズクは憤慨した。じたばた暴れるその子を一旦解放して 問い質した。
「おまえ、奴と何かあったの」
「別になにも……。ちょっと噛まれただけで」
「噛まれた?」
「呪印じゃなかったよ」
「いいから、見せて」
渋々差し出された腕を調べる。写輪眼を通しても呪印の痣や大事に至る傷は見つからなかった。
“プレゼントしたチャクラ”と、大蛇丸は確かにそう言っていたが。
「2、3日のうちはチャクラが乱れてたけど、変なのは抜き取った。もうなんともないからさ!」
「それならそうと報告してちょうだいよ」
じゃないと、守ってあげられないでしょーが。
頭にふと沸いてきたつづきの言葉は口にするのも憚られて、生じた小さな苛立ちも、心中におさめることにした。
大蛇丸の狙いの全貌は判らないが、その片鱗を知った今、サスケとシズクから目を離すわけにはいかなくなったな。
「さて……サスケは暗部に任せて、とりあえずオレたちは戻ろうか」
会場に戻ると、電光板にはもうひとりのオレの教え子の名前が映し出されていた。
《春野サクラVS山中いの》
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