▼ある女の約束
同刻・忍連合本部。
情報部隊の連絡を受けたいのいちが声高にシカクを呼ぶ。
「シカク!月浦シズクから連絡だ!」
「シズクが?」
昨夜から第3部隊を離れたままのシズクがようやっと情報部隊に分身を寄越してきた。シカクはいのいちを通してシズクとコンタクトを取る。
「報告も入れず今までどこにいた!」
「ごめんなさい、おじさま……じゃなくてシカクさん。急ぎ伝えたいことがあります!」
仮面の忍の正体。つい先刻ナルトたちの戦場に出現した“魔像”なる巨大な化物の使い道。そして間髪入れずシズクが提案してくる魔像を止める方法に、流石のシカクも閉口した。
シズクの作戦は本部の計画に外れているどころか、無謀極まりない賭けだった。勝算なしにシカクが首を縦に降ることはない。
「同じ目を持った今なら外道魔像を止められる。無謀なのはわかってます。私に試させてください!」
「ナルトたちの元には大連隊を結集させる。あれは全員の力を集めて対処する。その手は不要だ」
「けど、大連隊の総力戦に入る前にあれを止めなくちゃ……」
「勘違いするんじゃねェ。これは戦争だぞ。一人で背負おうとするな」
「背負おうとしてるんじゃない。お願い、おじさま。これは忍として果たしたい役目なんです」
続く言葉に、シカクは娘のように可愛がってきたその名前を呟いた。
*
同刻・忍連合大連隊 第3部隊。
ナルトたちの元へと急ぐ忍たちは、全速力で駆ける最中、空に光る物体を目撃した。鳥のような物体は遥か上空で自分たちを追い越し、目指す戦場へと飛んでいく。その軌跡が瞬き、地上の自分たちめがけて降り注いでくる。
「敵の術か!?」
恐れを為した忍の数名は両腕で体を庇ったが、舞い降りてくるちいさな雨粒のような火の粉に 何の殺傷能力もなかった。
サクラはその場で立ち止まり、体温ほどのあたたかさでできてる火の粉を指ですくった。サクラの掌で雪のように溶けたそれは、戦いで増えた傷を癒やしていく。
「間違いない!シズクだ……!」
「シズクって ウチの部隊に配属されてた木ノ葉隠れの忍か?」
同刻・忍連合大連隊 第4部隊。
シズクのものと思わしき姿が自分たちの上空をも横切っていくのを自分の目で確認し、シカマルは胸騒ぎを覚えた。全部隊が集合するタイミングよりも圧倒的に移動速度が速すぎるのだ。
「今のあれ、シズク?」
「ああ。十中八九な」
沈黙したまま走るシカマルの険しい表情を横目で見 、テマリはそれ以上詮索しなかった。
テマリ自身にも、思うところがあった。
「テマリさん」
日は遡り、開戦前の我愛羅の演説が始まる頃。
第4部隊の前方へと移動していたテマリに、後ろから名を呼ぶ知り合いの声があった。
「シズク お前は第3部隊だろ?隊列から離れてどうした。じきに我愛羅の演説が始まるぞ」
「わかってます。でもその前に、どうしてもテマリさんにお話があって」
シズクは微笑んでいたが、この機に話というのが些細な用事ではないと女の勘が働く。テマリはシズクの腕を掴んで人混みから少し距離を取った。
「何だ?」
「シカマルのこと、お願いします」
シズクは単刀直入に切り出した。
「なんだって?」
「シカマルは私のものじゃないし、こんなこと言うのは思い上がりです。それを承知の上でテマリさんに頼みたいんです」
シズクの目が真剣すぎて、冗談はよせと言い返すことができなかった。彼女の言う“頼む”は、同じ隊に配属されたシカマルと協力し合え、という意味ではないのだから。
「シカマルにとってテマリさんは他の女の人とは違います」
「あいつと付き合ってるお前がそれを言うか」
「私、昔みたいに自分しか見えてない鈍感じゃありません。……テマリさんにとっても、シカマルは他の男の人とは違うんじゃないですか?」
「……」
何年前だったか シズクとテマリは二人で甘味処に入ったことがあった。テマリとシカマルとのデートが自分の勘違いだとわかるなり、ぱあっと顔を明るくしたシズクを見て、苦笑したのを覚えている。
「お前の心配もわからなくはないが……」
「……ほんとに…こんな頼み方をするの、ずるいですよね」
俯きがちのシズクの肩が小さく震えているのをテマリは見逃さなかった。
「私はずるい。ほんとは、本心じゃない。シカマルが他の誰かを……女のひとを大切にするようになったらって思うと……」
声はだんだんと小さくなり、語尾は聞き取れない。しかしすぐにシズクはすんと鼻を鳴らし、顔を上げた。その目に涙はなく、しっかりとテマリの瞳を見つめてくる。
「前の任務で師匠を亡くして、この戦争でも、シカマルは誰かを失うかもしれない。そのときに誰か側で支える人が必要になります。弱気なとき叱ってくれたり、隣で気丈に笑って、力になってくれるひとが」
それこそシズク、お前の役目だろ。
なに弱音吐いてんだこの意気地なし。
テマリの頭に最初に浮かんだ言葉はそれだった。
叱咤することもできるし、いっそ一発殴ったほうが相手の頭も冷えるだろう。
だがテマリは熟知していた。いつ死ぬかもわからぬ自分の身を案じ、一番大事な人間のを他の女に託そうなどとするくらいの阿呆で頑固者だ。一発殴ったところで変わりはしない。
今のシズクは女として忍として、覚悟して自分に会いに来たのだと判っていた。
「わかった」
肩に食い込むほど力の込められた手に己の手を重ね、テマリはゆっくり頷いた。
「シカマルのことは任せろ。万が一お前に何かあったとしても私がついてる。だから万全を期して任にあたれよ」
「……ありがとうございます」
シズクはテマリの手を両手で包み、絞り出すように感謝の言葉を呟いた。
「お前が大ケガ一つでもこさえて帰ってきたら本当にもらうからな」
「……容赦ないですね」
「女の戦いは戦争よりシビアだろ?」
茶化すようなテマリの物言いに、二人は笑い合って、別れた。
たった今自分たちに舞い落ちてきたチャクラがシズクの無事を証明している。それでもなぜか、シカマルにもテマリにも遠く前方に消えた彼女行方が案じられ、走る足は速度を増していくばかりだった。
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