▼待ってる人がいる

鴉が舞う。ピチョン。鍾乳洞をつたう雫が肩に落ちる。
さっきと同じ光景を、繰り返している。
一体何度目なのか、もうわからない。どの術を使っても逃れらず いつの間にか角を斬られた瞬間に戻ってきている。憤慨する。この洞窟はボクのテリトリーだったのに、イタチの幻術世界に乗っ取られた。

「言ったハズだ。お前の運命はオレが握っていると」

「うちは……イタチ!!」

同じスパイとして偽りの世界を歩いてきたって?違うね。キミはうちは一族だ。キミは最初から全てを持ち得た天才じゃないか。ボクは獲得を重ねてここまできたんだ。恵まれていた人間が、一緒にするな。

「ボクは完璧になる存在だ!こんなのはボクじゃない!!」

鴉が舞う。ピチョン。鍾乳洞を雫が伝う。イタチが向かってくる。
身震いした。恐怖しているというのか?ボクは“完全”になったというのに?倒れた体で水溜まりに浸かったまま、無限に戦いしかない世界から顔を背ける。

「何が失敗だったというんだ……このボクのやってきたことのどこに失敗があったと、」

「忘れたからよ」

イタチの声ではない。月浦シズクだ。
顔をあげると 彼女はボクの目の前に、武器も持たずに佇んでいた。

「忘れた?そんなはずはない、ボクは何もかも覚えている」

「違う。あなたは一番大切なものを忘れてる」

「ボクが何を忘れていると言うんだ!!」

シズクは見透かしたようにボクを見下ろしていた。真一文字に結ばれていた唇が僅かに開き、小さく言葉を紡ぐ。

「あなたを待ってる人がいる」と。

「……待ってる…?」

「里を出る前に、ウルシって人に会った。孤児院で仲良しだった人なんでしょ?あなたが院を出ていったあと、その人は今も、あなたを探してる」

ウルシ。そうだ 懐かしい名。

「あなたが一番会いたいはずの人たちは、ずっと待ってたんだよ」

その瞬間、目映いほどの光が辺りを包み込んだ。
イタチの幻術とは違う その光の正体は炎だった。不思議と熱さは感じられず、体温のような温度だ。ボクは水遁の印を結んだが、発動する前に、思考が停止した。
白炎が揺らぐ形は、あろうことか人の輪郭を形作っていく。段々と明確になってゆく姿に、ボクは目を開いた。
長い髪。
丸縁の眼鏡。
奥にある、優しい眼差し。


思わず名前を呼んでいた。

「これは幻だ!だってマザーはボクが……!」

「肉体はなくても紛れもなくその人だよ。その人も あなたに会うためにずっと待ってた」

マザーの形をした炎の背後でシズクが答えた。そうかこれは彼女の、雨月一族の秘術とされる“螢火”。さまよえる死者の魂を口寄せし、命なき炎に魂を宿す陽遁 穢土転生の考えの元となった術。


『カブト』

ボクがこの手で殺めたのにどうして、マザー なぜボクを呼ぶんだ。
マザーは水溜まりの中から眼鏡を拾い、ボクにかける。そして両腕をボクの背に回し、包み込むようにそっと抱き締めた。

『辛い思いばかりさせて本当にごめんなさい。カブト』

忘れていた?違う、ボクは忘れていたわけじゃない。この声は覚えていたんだ 孤児院を出たあの日からずっと。


『カブト、もう戦わないで……アナタはありのままのアナタでいいのよ』

ボクはただ自分を誰かに見てもらいたいだけだった。存在を認めてもらいたいたかっただけだったんだ、こんな風に。


*


輪廻眼の外道の力をほんの少しだけ使い、私は“狭間”に呼び掛けた。
ウルシさんから聞いたその人は、その場所で案外すぐに見つかった。
薬師ノノウ。かれらの“マザー”実体ない薬師ノノウはカブトを抱き締め、長年胸に温めてきた言葉を彼に贈った。
黙ったままのカブトに、私は語りかける。

「変わらなくても、何かにならなくても、そのままのあなたを受け入れてくれる仲間がいる」

薬師カブトは私を似た者同士と言った。
ウルシさんにカブトの生い立ちを聞いてようやく、その意味が理解できた。
孤児として木ノ葉に拾われ、育ての親から深い愛情を受け その人と引き裂かれた過去。
自分の居場所を探して里にとどまったか、自分の居場所を探して里を離れたか、それだけの違いだ。

洞窟の封印を破って薬師カブトの姿を見つけたとき、一瞬、私は自分の姿をカブトに重ねた。木ノ葉の里を離れていたら、私もカブトと同じ道を辿っていたかもしれないのだ。
似た者同士ならばいつかはわかるはず。
そのとき、彼は無限の幻術から解放される。

「チャクラのメスは、その人から教わったものなんでしょ。“マザー”は戦いに使うために教えたわけじゃないはず……。医療忍術は仲間を助けるためにあるのだから」

薬師カブト、いつかあなたがそれを理解したら 現実でもう一度会おう。そのときは同じ痛みを持つ者同士、私たちは今度こそわかり会えるかもしれない。

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