▼どうか、このまま

ひらひら。長門の体を纏うかりそめの衣が剥がれ、雪のように 花びらのように舞い上がる。

「お前には……何一つ……父親らしいことをしてやれなかったな……」

二度目の最期を受け入れ、瞼を閉じる。
しかし 長門が頬に感じたのは冷たい霊体ではなく、あたたかな体温だった。

「待って」

やわらかな声に光を感じる。
瞼を持ち上げると、長門の目線よりわずかに高いところに、シズクがいた。
彼女の背から生える白金の羽が、その体を宙に浮かせている。
その姿はまるで。

「―――ああ、神が使いをよこしてくれた」

「違う。シズクだよ、」

崩れゆくからだに手を伸ばし 包み込むシズクの指先は 忍のものではなく 娘のそれ。


「お父さん」



娘の笑った顔を、長門ははじめて見た。

「シズク……オレを 父と…そう呼んでくれるのか」

「……あのときから ずっと後悔してた」

シズクは温度のない背に腕を回し、はじめて父を ぎゅっと強く抱き締めた。

「会えてうれしかった」

溢れ とまらない涙。

「行かないで。行かないで、お父さん…聞きたいことも 話したいことも…もっとたくさんっ……、」


抱擁を教えることができなかったが、彼の娘はその愛を 誰かから教えられていたのだ。
今は感じられる シズクがどう育ったかを。
孤児としてさ迷った自分に出会いがあったように、この子もまた良き人に巡りあい、育てられたのだ。
この子は優しく
泣き虫だけれど、まっすぐに育った。

「今さら気付くなんてな」

長門の瞳と唇は弧を描き、まるで花に触れるかのようにぎこちなく、脆い掌で答えた。
娘を抱き締めること。それだけが、父である自分が生きているうちにできる たったひとつの使命だったのに。

「お前さえいれば…それでいいんだ」

神になろうとした。
世界を変えようと罪を重ねた。
そんなことをしなくても、自分の大切が、大事なものはここにあった。


「我が娘よ……愛してる」


神よ。どうか、叶うのなら、このまま時を止めてくれ。


*

今にも消えてしまいそうな腕の中で、父は私に語りかける。

「何もできなかった分 せめてお前に…何かプレゼントを贈りたいと そう考えていた」

「プレゼント…?」

「ああ だがオレは、何一つ持っていない……この瞳以外は」



意味がわからず、父の顔を見上げる。

「よく聞きなさい この戦争にマダラが関わっているのならば、奴は外道魔像を戦場に呼び出すだろう」

「げどう…まぞう?」

「マダラの作戦の要となっているものだ。あの器がなければ、尾獣を集めたところで意味を成さない」

「…!」

「オレもかつて輪廻眼で口寄せしたことがある。口寄せが可能なら、それを元の場所に還すこともできる」

父の言わんとしていることとは、もしかして。

「断ってくれて構わない。贈り物どころが これは呪いにもなり得るだろう。だが…もしお前が望むなら」

言い終えないうちに父の体は大きく崩れた。
ひらり、ひらひりと破片がいっそう舞い散る。

「父さん!」

「もう…あまり時間がなさそうだ……どうする、シズク」

しばしの間、瞼を伏せる。

「…見守ってくれる?」

「ああ もう離れることはない」

封印が始まってしまう前に、最後にいっそう強く抱き締めて。
そして腕を緩めると、父に向き合い、波紋の瞳に手をかざした。

「もらうね、お父さん」


役目を終え、別れを告げると、父は天狗の形状へと姿を変えた“須佐能乎”に引き寄せられてゆく。
十拳剣、酒刈太刀。
その剣は刺した者を酔夢の幻術世界に永久に封じこめる封印の剣なのだとイタチが教えてくれた。
彼の魂は 戦いの痛みに耐えてきたその魂は、ようやく苦しみのない世界へと 旅立っていった。

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