▼いのの掌

それはアカデミーに入学して幾年幾月か、初めていのが心転身を成功させた日のことである。
父の体は大きく目線は高く、見下ろす世界はまるで違って、いのは熱心にあたりを見渡していた。しかし目の前に、地面に倒れている自分自身の体を発見すると、ショックのあまり心転身の術は解けてしまった。

「ちょっとパパ!わたし倒れてるじゃない!」

「いの、心転身の術とは相手の精神に入り込む術だと教えてあっただろう?その間は自分の体は脱け殻になるんだ」

「自分の体ほっぽりだしておくなんてアブナイじゃない!それにこの術って〜…カッコよくない!なんか地味っていうかー」

相手の精神を乗っ取る術は、決して敵に一撃を食らわせる主役級ではない。綱手姫のような伝説のくの一を夢見る幼きいのは、山中一族の秘伝忍術の意義を理解することができなかった。
そしてその頃はまだ、シカマルやチョウジと三人で協力して戦う未来を知らなかった。精神の抜けた自分の体を守ってくれる、仲間の存在を。



やがてアカデミーを優秀な成績で卒業し、下忍になった。一族の秘伝忍術ならお手のもの。そう自負していながらも、いのは恋路に夢中だった。忍として自分が何をすべきかを真に理解していなかった。

アスマの死後、弔いとして参加した“暁”討伐の任務でも、いのは後悔していた。
共に戦うと誓ったのに シカマルに使命を委ねてしまったこと。
カカシに頼りきりになってしまったこと。
だからこそ この戦いでは自分が本当に為すべきことをしようと、いのは心に決めていた。


「お前は気が強いが…面倒見のいい子だ…チョウジもシカマルも…こいつら不器用だからな…頼む…」


いのは決意の固めたシカマルとチョウジの顔を見渡すと、結んでいた唇を緩め、二人の背後にすっと歩み寄る。

(アスマ先生の言う通りよ。シカマルとチョウジのことなら一番良く知ってる)

いのは心の中でちょっと笑った。
シカマルって こういうとき、ホントはイヤなクセに強がって 自分がやるって言って止まらないのよね。チョウジはチョウジで臆病で、怖いはず。


「いの、覚えておきなさい。チャクラとはね、もともと人と人を繋ぐ力のことなんだ。言葉が無くとも互いの心を理解し合えるようにね。我々山中一族は、そのはじまりのままを受け継いできた。山中一族はひとりでは戦えない。だから猪鹿蝶という三人一組ができて、受け継がれてきたんだ。お前もやがて仲間と共に戦う日がくるだろう……そのときは、お前が繋ぐ役割をするんだぞ」


「行くよ二人共」

そう声をかけ、いのは優しく二人の背中を押した。


*

佇むは三人の忍。
その姿を見つけると、アスマは小さく呟いた。

「お前ら…」

「オレ達は覚悟できてます。だから…先生も覚悟してもらわねーと」

三人のその決意と凛々しい顔立ちに、アスマの口元は緩やかに弧を描いた。
敵としてこの世に舞い戻ってきてしまったが、そうでなければ 弟子たちの成長を目にすることもなかったのだと思うと 誠皮肉な話である。

「チョウジ…シカマル…いの…本当に立派になったな」

「…!」

チョウジといのは涙を堪えて肩を震わせ、シカマルは表情を悟られぬよう首を垂れた。

「…アンタのおかげだ……!」

再会の間もなく、三人は駆け出した。

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