▼いってきます

木ノ葉を発つ前日の夜、私は奈良家の夕食に招かれた。
あかりが灯された家の窓。
お味噌汁の匂い。
この里でありふれたようにある風景が、今夜はこんなにいとおしい。


手際の良いおばさまは、すでに夕飯の準備を済ませていた。

「おかえりなさい。明日の支度は終えたの?」

「はい。おばさま、遅れてきて夕食のお手伝いもせずにすみません」

「いいのよ。シカマルなんか帰ってもちっとも手伝わないんだから。さ、手を洗って、あの子を呼んできて!」

「はい!」

いつぶりだろう、こんな風に四人で食卓を囲むのは。テーブルには鯖の味噌煮をはじめ、好きな料理ばかり並んでいた。料理にちょっとずつ箸をのばし、おじさまは熱燗をちびちびとやる。
食事中は無駄口叩かないの、と常日頃から叱られてきたけれど、今日だけはそれが解除された。
湿っぽくなると おばさまを悲しませてしまう。だから笑って、楽しい話をした。先日会いに行った ミライちゃんの話をすると、おばさまは嬉しそうな顔で、シカマルが生まれたときのことや初めて言葉をしゃべったときのことを教えてくれた。

「オレも孫の顔が楽しみだなァ」

なんておじさまがニヤリと笑うので、私もシカマルもお茶にむせてしまったけれど。

この時間がずっと続けばいいと切に願いながら、心の奥底では、明日を全員が考えていた。
おばさまは里に残って一族の家族をまとめる。
おじさまは参謀として忍連合の本部に。
シカマルは第4部隊の実質的な隊長として、私は第3部隊の隊員として、それぞれ離れた戦場に向かうのだ。



「ふぅ、お腹いっぱいー」

「ホントによく食ってたな」

「おばさまの料理って無限に食べられちゃうんだもん」

「お前はチョウジかよ」

「それに、しばらく……」

しばらく食べれなくなるし。そう言いかけて口をきゅっと紡いだ。シカマルは勘がいいから気づいてるんだろうな。

「おい」

彼は私を手招きして、ベッドの縁に座った。

「なあに?」

促されるまま私も隣に座る。するとシカマルは忍具ポーチを漁り、中からチェーンとあるものを引っ張り出した。忘れもしない、それは以前シカマルがくれた指輪だった。

「あ!それ……」

自来也様との任務が決まった後、私はその指輪を家に置いて里を発った。ペイン襲撃、何度探してもどうしても見つけられなくて、どこかへいってしまったものと思ってた。
シカマルが持ってたんだ。

「えーっと……シカマル、あの遺書、読んでたんだね……。あれは、その」

「アホすぎて今更怒る気にもなんねー」

「……ごめんなさい」

「安モンでも返品不可だからな」

シカマルはリングをチェーンに通し、私の首へとかける。

「こうしときゃ無くすよりゃマシだろ。里に帰ってきたら、そんときは本物買って薬指にはめてやる」

「……」

「な、なんとか言えよ。オレだけクセえ事勝手に言ってるみてーだろが」

泣きそうになってたまらずに抱きつくと、シカマルは呆れたような顔で、小さく笑った。


*

翌日、私たちは身支度を整え、正門ではなく奈良家の玄関先で、おばさまと別れた。
おばさまはシカマルを抱き締めた。耳をほんのすこし赤く染めて照れていても、息子を戦地に送り出す母の気持ちを推し測れないほどシカマルも幼稚じゃない。ぶっきらぼうに、おばさまの背中にしっかりと手を回していた。
抱き寄せられたとき、おばさまの頬に涙のあとが残ってるのを、私は見つけてしまった。
いつも笑顔を絶やさない私たちの母たちの母は、いつも人知れず涙を流していたんだ。
おばさまは毎日闘ってた。忍として、女として、そして母として。

思わずじわりと涙が滲んで、堪えるように強く、強くおばさまと抱擁を交わした。

「行ってきます。おかあさん」

一人目は本当のお母さん。
二人目は私を拾ってくれた由楽さん。
由楽さん亡き後に私を育てくれたおばさまは、私の三人目のおかあさんだ。照れ臭くて、ずっとそう呼ぶことができなかったけれど。

はじめてそう呼ぶと、彼女は一段と美しく微笑んで、いってらっしゃいと背中を押してくれた。

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