▼受け継ぐ者へ

仮設木ノ葉病院、医療班本部。

「地下の備品は5割を医療班本部へ。残りは救急医療パックに改良して、できるだけ忍たちに支給してください。点検と使用指導も忘れずに」

「ハイ!」

鉄の国から帰還してからの数日間、シズクは支援部隊に編成された医療班員に指示を出し、忍界大戦の準備を性急に進めていた。

「それと医療本部の配置、救急治療のテントをもう少し外部に寄せて その変わりに警備を増やすこと」

「了解しました」

「じゃあみんな、どんどん運び出して!」

戦争で先手を取りたくとも、後方支援部隊の体勢が整わなければ戦いも無駄になってしまう。特に今回の大戦は総兵力八万。大国が軒並み連ねて一軍として戦った経験は未だかつてない。充分な備えが必要だった。
ぬかりのないよう綿密に点検をしている最中、医療班の忍に混じって、一段と高らかな声が響いた。

「シズク師匠っ!!」

現れたのはエビス班の下忍、風祭モエギである。忍具装具を大量に身に付け、きりりとした表情のモエギ。シズクを見つけるなり、二つに結った髪を揺らして頭を下げた。

「シズク師匠!私も連れてってください!」

「だめ」

「なんでですかぁ!?わたし、師匠に習って医療忍術もかなり上達しましたっ」

「新人下忍には任務命令があったでしょ。忍界大戦時は里の外周及び集中避難所の警備にあたること、って」

「もう新人じゃありませんったら!お願いです!わたしも役に立ちたいんですっ」

シズクは手を止め、モエギに向き直る。小さな忍は大きな瞳を潤ませ、両の手のひらはぎゅっと服の袖を握っていた。

「お父さんも先輩たちも、みんな戦いに行くのに…っ!」

今にも泣き出しそうにわなわなと震える手を取り、シズクはモエギに真っ正面から、しっかりと聞こえるよう話し掛ける。

「あなたの覚悟はよく伝わった。だからこそモエギには尚更里にいてもらわなくちゃ」

「なんでですかぁ…!」

「前線に出る忍はね、奥さんや、こどもや友人たちや、大切な人を自分の里に残していく。敵はいつどんな手を使ってくるか分からないでしょ。あなたたちにはね、私たちの一番大切な人を預けてくの。モエギたちに任せられてるのは最重要任務だよ」

作業を進める医療班の忍たちも、手は動かしながらもシズクとモエギの会話に耳を澄ませて聞いていた。

「それでも…わたし……」

その瞬間、モエギは目から大粒の涙が溢れ出したかと思ったら、シズクに向かって勢いよく抱きついてきた。

「うぇえんっ!でも、でもシズク師匠たちに何かあったら…っ!うっ うっ」

「少しは信用してよね。それに、私たちが帰らなかったらそのときはモエギが意志を受け継いでくれるでしょ」

「うわああんっ!」

「ホラ、一人前の忍なんでしょ!もう涙ふいて準備を手伝って。元気になるおまじないかけてやるから」

「……おまじない、ですかぁ?」

「そう」

シズクは額宛てをほどくと、モエギの額に自分の額を重ねた。かつでシズクがカカシから教わった、おでこを合わせるおまじない。

「託したからね」

額を合わせたモエギにしか聞こえないようにシズクが呟くと、モエギは最後に一粒だけ涙を溢し、握り拳でぐいと拭い去った。


*

息巻いて医療班本部の出入口から走っていったモエギと入れ替わるように、ある男が扉を潜った。
見慣れない人物を注視するシズクに気がついたのか、男はシズクの方へと近寄ってくる。

「あの、後方支援のテントなら、忍じゃなくても医療従事者であれば参加できるって聞いてきたんですが」

「はい。ぜひご協力をお願いしたいのですが 里のかたですか?」

「ああ、そうですよね。オレ、山のほうの孤児院で働いているからあんまし街の中心部にいなくて。名前はウルシっていいます」

「そうでしたか。それは失礼しました」

詳しい話をと思いシズクが席へと促すと、ウルシは医療班本部を―――正確には、室内で働いている忍たちをしきりに眺めていた。

「どうかなさいましたか?」

「いえ、あの 古い友人がいないかなって探してて」

「ご友人は医療忍者なんですか?」

「はい。まあ でも随分長いこと会ってねえから、どこにいるかわかんねえんですよね。ここに来たら見つかるかなって、ほんの少し期待したんすけど」

何かひっかかるな。
忍の直感か、シズクは訝しげに、「あの……その方のお名前は?」とウルシに質した。

「名前はカブト。院に入ってからマザーにつけてもらった名前だけど、きっとあいつは今もその名のままだと思います」

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