▼大蛇丸の呪印
奴はたしかにナルトに向けて、そう言った。
九尾ってあの、“九尾の妖狐”のこと?
十二年前に木ノ葉の里をめちゃくちゃにしたっていう、あの。
「フフ 感情が高まって力の断片が漏れ出すとは、面白い成長をしたもんだわ」
「うわあ!!」
混乱している最中に、ナルトの悲鳴が響く。敵がシュルルと音をたてて、長い舌でナルトを捕らえたんだ。しまった、わたし こんなときに余計なことを考えて…
「ちくしょー、放せー!!」
「ナルト、」
敵の背後から近付き、奴の首を狙った。短刀の先があと少しでその皮膚に触れようというところで、敵の袖口からうじゃうじゃと無数の蛇が這い出てきて、わたしの腕を武器ごと絡めとってしまった。
ぞっと鳥肌が立つ。これじゃ、抜け出そうにも身動きがとれない。
「アナタに邪魔されたんじゃ困るわね お嬢さん。しばらくこのまま大人しくしてもらうわよ」
「なっ……!?」
体中を大蛇に締められ、ナルトと同じように宙づりにされる。向こうではサクラがわたしやナルトの名前を叫んでいるのが聞こえた。敵はナルトに向き直り、なにか怪しい印を組んでいる。 いったい何をする気なの。
「ホラ ナルト君。封印が浮き出てるじゃない」
不敵な笑み。直後、ナルトは腹に印を食らい、そのままガクリと力を失って―――――動かなくなった。
「ナルト!!」
敵はそこでようやく名乗った。名を“大蛇丸”と。
蛇に拘束され、一切の自由を奪われたまま それからの戦いを……奴がサスケの首に噛みつくのを、わたしはただ見ていることしかできなかった。
「サスケ君は必ず私を求める。力を求めてね」
*
こんなにも怒りを感じたのは、はじめてだった。
体が脈うち、ふつふつとチャクラが溢れると、体じゅうに巻き付いていた蛇はいつの間にかわたしから離れて地でのたうち回っていた。蛇はやがて腐り、あっという間に塵となって 風に消えていった。
これは大蛇丸への怒りではなく、わたし自身への怒りだ。仲間をを守るって決めたのに口先ばかり。波の国でもそうだったじゃないか。白の術にはまって、再び動けるようになったのは全てがおわったあと。
「シズクっどうしよう、サスケ君が!それにナルトも……!」
泣きじゃくるサクラに抱えられたサスケ。チャクラが乱れ、急な高熱にうなされている。しかしいちばん気にかかるのは、敵に噛み付かれた首元に浮かび上がる 勾玉を3つ並べたような痣だ。その痣には見覚えがあった。
これは“呪印”だ。
「サクラ、わたしの影分身と一緒にナルトとサスケを向こうの木陰に運んで、しばらく身を隠してて」
「えっ……でもシズクは?」
「アイツを追う」
「なっ、何言ってんの!?」
「サスケのその痣は簡単には治らない。治すにはヤツに術を解かせなくちゃいけないんだ。まだ近くにいるうちに接触しなきゃ」
「そんな でもあんなの相手にするなんてムリよ!ふたりだって、」
「お願い。探しに行かせて。必ず戻るから」
サクラは両目から涙を溢れさせていたけれど、やがて唇をギュッと噛み締めて頷いた。
「……は、はやく帰ってきてよね…!」
「うん」
影分身を残し、三代目様への文を殴り書きして忍カラスを飛ばしたのち、わたしは奴の跡を追った。
サスケやナルトの命を奪うことが目的でもないとしたら、“大蛇丸”がこの里に現れた理由はなんだっていうの。
「待て!木ノ葉の“伝説の三忍”……大蛇丸!!」
後ろ姿に叫ぶと、振り返った大蛇丸は不愉快そうな笑みを浮かべてみせた。
「その通り名で呼ぶのはやめてもらえるかしら。反吐が出そう」
やっぱりこの人がそうなんだ。
「サスケにつけた“呪印”を解いて!」
「そんなに怖い顔しなくても、彼が“本物”なら死にはしないわよ」
交渉は、ハナから無謀か。
不意をついて大蛇丸の頭を掴み、反動をつけて思い切りぶん投げたが、こんな攻撃はダメージにすらなってないだろう。大蛇丸は空中で印を組み、またしても大蛇を口寄せした。
限界まで開かれた大蛇の口内には、毒で濡れた鋭い歯がいくつも見える。大蛇丸本体は近くの大木に跳び移ってしまった。わたし相手には手を出すまでもないってか。
「ひきずってでも呪印を解かせてやる!!」
空中で方向転換。大蛇の頭上から背へとまっすぐ駆けて 尻尾の先へ目指す。脳内では、師匠 チカゲばあさまの教えがこだましていた。
「チャクラはコントロールさえ身につければ思いのままに使えるのじゃ。腕にチャクラを集中させ 一気に練り上げれば、くの一でも男に勝る力が手に入る」
「らあああっ!!」
大蛇の尾にしがみつくように抱えこみ、練り上げたチャクラを両手に込める。普段の何倍もの力で振り回すと、蛇の体がしなって空を切る。手を離せばその巨体は大樹の虚を砕き、遠くの地面に叩きつけられていった。いくら丈夫な皮をもっていても、衝撃で動けまい。
「いっちょあがり!あとは―――」
「その馬鹿力、昔馴染みを思い出すわね」
背後で掠れた声がする。体勢を低くして蹴りを回すが、奴の長い髪を掠めただけだった。そのまま体術で攻めれど、やはり、ヌルリと軽々しくかわされてしまう。いくら殴っても蹴っても、まったく届かない。
さっきのサスケの火遁でも通用していなかったし、体術が決まらないと、他に手はない。天と地ほどの違いを感じるこれが戦場を生きてきた忍との差なの?
「このっ!」
やっと拳が大蛇丸を掠めたかと思いきや、奴の肩を壊せるその寸前に、“何か”の力に弾き飛ばされた。結界じゃない。まるで水と油が反発しあったみたいな感覚だ。そこだけ服が焦げて、見ると奴の皮膚がどろりと溶けていた。
「なに…っ?」
大蛇丸の鋭い眼孔は、あたかも捕食者が獲物を捉えたかのようにゆがめられた。さっきまで相手にもされていなかったのに。
「陰と陽とは無限に引き合う力同士 アナタとここで出会ったのも偶然ではなさそうね」
「……一体何が言いたい!」
「フフ せっかくの能力に気づいてないのも不憫ね。ごく稀に特殊体質は生まれる……きっとアナタもどこかの末裔の血でしょうに」
大蛇丸の口から、さっきの蛇たちよりもずっと動きが速いのがこっちに狙いを定めてきた。逃げようとするも遅く、鋭い牙が腕に食い込む。
「ぅ……っ!!」
姿勢を保っていられなくなり、わたしは頭から倒れた。苦痛に耐えようと固い地面に爪を立てる。おかしい。これ ただの毒じゃない。痛みはそこまで酷くないのに、噛まれた傷口が癒えない。
体がいうことをきかない。
「九尾の子も面白いけど、ワタシが今欲しいのは“写輪眼”。あなたには呪印のかわりに私のチャクラをあげる。さぞいい毒でしょう」
「う、くっ…」
「それと良いことを教えてあげるわ。あなたが知りたい呪印の解き方は、この試験に参加してる私の部下“音隠れ”のスリーマンセルが情報を持ってる」
「音…隠れ…?」
「そうよ。サスケくんの呪印を解きたいなら その子たちを探して、殺して奪うといいわ」
大蛇丸はそう言い残すと、虚へと沈み込んでいった。凍てつくような殺気が途絶えた。体が燃えるように熱い。一息吸い込むだけでも喉と肺に痺れが走る。のたうち回り、空に向かって呻きをあげて、こうしてわたしは、死の森にひとり残されてしまった。
「……ちくしょう…!!」
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