▼見返り柳と約束の橋

見返り柳という、それはそれは大きなしだれ柳が、木ノ葉隠れの里の境に存在する。人の住まいから離れた山中でその柳は一際く美しかった。橋の向こう側へ去ろうとする人が思わず振り返らずにはいられないほどに。
柳の木の根もとには古びた赤い橋がかかっていて、西を他国、東を火の国木ノ葉隠れの里に分けている。

深緑も溶ける丑三つ時。
地熱の微かに残る夏の宵、やわらかな藍色に包まれて ひとりのくのいちが帰路を辿っていた。
名を月浦由楽。木ノ葉隠れの医療忍者である彼女は、任務で、あらたに締約国となった隣国へ薬草を引き取りに行っていた。ぎっしり詰まった籠を揺らし、歩調はのんびりと。
無防備なことこの上無いが、彼女はこの帰路を楽しんでいる。長きに渡り忍たちの生活を蝕みつづけてきた第3次忍界大戦が、最近ようやく 終わりを告げたのだ。ほんの数ヶ月前までは昼夜構わず至る所で火の手が上がり、忍の気配に怯えた日々ももう御仕舞い。抜き足で行動しなくていい自由を存分に満喫しなきゃねと、そんな塩梅で。

1日歩き続け、由楽はやっと国境までたどり着いた。
見返り柳。誰が名付けたか、ここは“約束の橋”。
中立なる聖地とされたこの橋に、各里の警備係は存在しない。戦争の最中でさえ、忍がこの橋を経由して相手国に危害を加えることはなかった程だ。
この先には木ノ葉隠れの忍里がある。
まばらに灯る人家の明かりは星のように光、由楽をほっとさせた。
国境まで後少しと迫った地点で、由楽の歩みは自然と早くなった。巨大な見返り柳の根をたどり、幾多の入り組んだ根から橋へと悠々着地する。細く長い橋の、火の国側まで来た、そのときだった。

風。
足を引き留めるような風が吹いて、思わず振り返る。

巨大な見返り柳が視界を埋める、深々とした山緑。
闇の権化のような根。そこで、何かが白く瞬いた。
由楽は目を疑った。
柳の入り組んだ根もとの隅に、麻布で包まれた赤ん坊を見つけたのだ。

「……」

慎重な足取りで由楽は赤子に近づいた。色素のうすい、まばらな髪。ちいさな身体で、こんこんとねむっている。
民家もない国境の只中に、人が、まして赤ん坊がいるのは不可解極まりない。

「罠?」

仮に他国の罠として、今この赤子を保護すれば、木ノ葉が「拐った」ものとこじつけられ、戦いが仕掛けられてくるやもしれない。むしろこの赤子自身、忍の変化か、或いはトラップである可能性がある……

「うーむ」

由楽は思案をめぐらせたが、やがてめんどくさそうにため息をついて、赤子に手を伸ばした。

「迷ってたってどうしようもないよね」

ぽん、と触れながら幻術返しの印など結んでみるが、これといって身体に痛みはない。
そうこうしているうちに、赤子が目を覚ました。
丸い瞳は、開かれるなり、たちまち涙に溢れていく。

「あ」

「おぎゃあああああ!!」

「わああっ泣き出しちゃった」

「びええええええっ」

「どうしよ よーしよし 泣き止んでよー、ねえ」

存在を主張するように激しく、泣き続ける赤ん坊。きれいな透明のしずくが光り、溢れてこぼれ落ちる。ぽた、ぼたり。こんなちいさな目から、と驚くほど、大粒の涙が。

「こわくないよ」

由楽が赤子を抱え上げた拍子に、布の合わせ目から何かが滑り落ちた。折り畳まれた紙片には、急ぎの乱雑な字でたったの二行だけ。

“どうかこの子を拾ってください。
この子の名はシズクです”

「シズク?」

戦後まもないこのご時世、目の前で親を奪われた子も、戦争で親の顔を知らない子もごまんといる。この子もまた、孤児らしい。しかし“拾ってください”とはいうものの、里から離れ普段は人影もない見返り柳に捨て置くというのはいかがなものか。

「かなりの訳アリか」

由楽は赤ん坊を抱きあげて、優しく頭をなでてみた。まだ生え揃ってない柔らかい髪に触れ、からだを揺すってやる。すると、なかば悲鳴のようだった泣き声がだんだんとちいさくなっていった。

「おまえ、ひとりなのね」

赤ん坊の目尻に滲んだ涙を、指ですくいとる。
小さなしずく。

「大丈夫。あたしが守ったげる」

背には薬草籠、胸にはこどもを抱えて、由楽は一歩踏み出した。
木ノ葉隠れの里はもうすぐだ。

「一緒にうちに帰ろっか シズク」

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