▼海原の月よ

このところ毎日のように同じ夢を見る。
ひとの体を腕で貫く感触に、最期の表情 焼け野原と化した戦場には誰ひとりとして立っていなかった。 ――――オレ以外は。
地に折り重なる人々のなかにはナルトもサクラもサスケもいて、顔を両手で覆いながらオレは どこだどこだと誰かの名を呼びながら、さ迷い続けているんだ。

戦いの日が近づいているからなのか そんなひどい夢に悩まされるのに辟易として、真夜中に部屋を出た。
小高い丘にある 慰霊碑。
黒御影の裏に回り込んで、罰当たりだろうけど 無遠慮に凭れかかると、ひやりとした感触が背に伝わってきた。

静かだ。

「なあ オビト」

綱手様が目覚めて取り止めになった話が、今日の土産話。秋の夜風に紛れて呟いてみる。

「お前は笑うだろうけど、オレね つい数日前に火影に選出されかけたのよ。オレが火影なんて似合わないだろ?」


「そんなことないよ」

返事をした声に身を翻すみる、慰霊碑の正面に向き合うようにして立ってるシズクの姿があった。

「……こんな夜更けにこんなとこで何してるの シズク」

「それはこっちのセリフです」

オレが慰霊碑に来るクセを、シズクはお見通しらしい。
ごめんね 呟いてたこと、少し聞いちゃった。そう言ってオレの隣に三角座りをした。

「カカシ先生、元気ないみたいだったから心配で。探してたの」

「そーかな」

「うん。ナルトは憑き物が落ちたみたいな顔してたけど、先生はずっと思い詰めた顔してる」

「そうでもないよ」

「はいウソ」

「だからなんともないって。お前、そんな心配でここまで来たの」

と 無意識に感情的な物言いになって、たしかに彼女の言う通りなんだと受け入れざるを得なかった。

「……すまない なんかムキになっちゃったな」

おどけて取り繕うが、シズクをそう容易くはぐらかせはしなかった。

「私は、カカシ先生が火影ってすごく合ってると思ったよ」

「買い被りすぎなんだよ」

仲間一人救えねェ奴が火影になんてなれるかよ。

サスケを前にしてのナルトのあの言葉が、何よりも真っ当に思えた。

「お前たちに重荷を背負わせないと言っておいて、今のオレは結局ナルト頼みだ。それで火影候補にあがるなんてさ」


シズクが小さく笑って、オレの背中をぽんぽんと叩く。

「もう。第7班は皆しょいこみたがりだね。担当上忍まで含めて全員」

添えられた手のひらは慰霊碑の冷たい石と正反対に、あったかくて。こんなに胸がざわつくのはなぜだ。
ひとりになりたくてここへ来てるのに、お前の姿を見てほっとしたのは、なぜだろう。

「最初の作戦会議のときに、お前はご意見番に対して言ったね。本当のことが聞きたいって」

「うん」

「里の現実が……里に生きる忍がどんなに過酷でずるいものでも、それでもお前は知りたい?」

「うん。どんなことでも知りたい。守りたいもののことだもん」

応えたシズクの眼差しは、あの作戦会議のときと同じ、まっすぐとした眼差しだった。

「オレは……まだ話してないことがあるんだ。お前たちに」


「カカシ、すぐに私を殺して!私は利用されてる……このままだと木ノ葉を襲うかもしれない!」

「オビトにお前を守ると約束した!そんなことは絶対にできない!」

そう、たしかにこの腕が記憶している。雷切の青白い光が照らしていたのはリンの姿だった。固く結ばれた唇から黒い血が溢れてくるのを、たしかに見ていた。ちいさな声で、名前を呼ばれて。


この眼をやるからと笑ったオビトの顔を、この手がリンの体を裂いたあの感触を、今でも一度だって忘れたことはない。
“本当のことが知りたい”と言う彼女に、自分の輪郭を見透かされたような気がした。触れたら粉々に崩れるんじゃないかってとこで続いている、オレのほんとうを。


「教えて、ぜんぶ」

この身に深く染み込んでくるようなその声に、オレははじめて 喉を詰まらせた。


*


まるで 雪が降りだした空みたいな泣き方で、先生は涙を流した。
ひたすらに静かに、音ひとつ立てずに。

重荷を私たちに背負わせまい背負わせまいとしている理由が、今日、わかった気がした。
戦争の続く日々の朝も、暗部時代の暗い真昼も、里に九尾が姿を見せた夜も。この人はいつも、もう何年も何年も自分を戒めて。
古い傷は生のままに、それでも戦い続けてきたんだ。

顔もうまく思い出せないお母さん。
一人苦しんで逝ってしまったお父さん。
三人で暮らした、かすかな記憶。
憧れの先生。
たくさんの仲間たち。
自分の目を覚ましてくれた、信じてくれた、大切な親友のオビトさん。
誰よりも優しく、自分を思ってくれていた、リンさん。
みんな死んでしまったと。
守れなかったと。
手をかけた自分が生き延びてしまったと。


先生の背中を撫でていた手を持ち上げて、銀色の髪にそっと 触れてみる。
そのまま、頭をこちらに引き寄せて、私は右側の肩を貸した。されるがままに私の肩口に引き寄せられてくれた。
くせの強い髪を 頬に感じる。


「ありがとう 先生」

私たち、ずっとカカシ先生に守られてたんだよね。
でももう終わりにするから。
もうひとり抱えこんだりしないで。


「頼りないかもしれないけど、次は、私に背中を預けてね」


頬の涙の跡が乾いた頃 先生は半月瞼を閉じて、私の肩に頭を預けたまま眠りに落ちていった。
あなたが目覚めるまで、こうしていよう。

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