▼影の影

ばあさまは志村ダンゾウの若かりし頃の話をしてくれた。二代目火影・千手扉間様の時世に、まだ影を襲名する前の三代目様、現役のホムラ様やコハル様と切磋琢磨しあい、共に里の未来を思い描いた時期のことを。
自分の同期たちの面々を思い浮かべながら、私はダンゾウについての話を聞いていた。
いつの世も、枝葉が分かれる前はみんな共に笑い泣き、一緒に生きてきた。

「わしの知る限り、ヤツは一番人間臭いヤツじゃった。自分の命は惜しむも名声を欲する野心はあった。その行動の是非はどうあれ、木ノ葉のためにと考えてはおったのだろうが」

「イタチのことは本当なのでしょうか。私のこともどうするつもりだったのでしょう?そこまで私の能力を危険視していたのでしょうか」

「あやつは大蛇丸と繋がっていたとの噂もあるからのう。己を強化するチャクラや術に興味があったやもしれん。それならばお前の力は充分魅力的じゃ」

私は目を伏せ、ダンゾウのことを考えた。ただ一度だけ相見えたあの時、ダンゾウは私を一瞥し、消えていった。

「里長たる火影とは民の影になるもの。しかしその火影にも影は必要じゃ。ダンゾウはいわば影の影じゃった。あやつに人生を歪められた者も沢山おるじゃろう。しかし、一時の平穏とはいえ、ワシらはあやつに守られていたのじゃ。お前がその歳まで戦争を知らずに生きてこれたのが動かぬ証拠じゃ。ヒルゼンの理想を地中の根として支えたのは他の誰でもなくダンゾウじゃ」

それもひとつの献身の形なのだろう。
力に魂を売っても彼は私たちと同じ、忍。

「ワシらはあやつを否定出来ぬ。軽々しく否定するだけの輩はのう、忍界を甘く見ておる者じゃ」

「……」

「そしてあやつはもうこの世におらんのじゃ。おらぬ者を憎むのは不毛じゃ。すべてを受け入れて違う道を選べ。そうでなければ先へは進めぬ」

先と言うても、この先は戦争じゃがのう。チカゲばあさまは苦い顔をした。
戦争。かつてチカゲばあさまも、経験したもの。私やナルトたちは知らないもの。

私はチカゲばあさまの小さな手を取り、両手で包んだ。

「チカゲばあさま。影に影が必要なら……わたし、この戦で…」

「たわけが」

チカゲばあさまは私の目を見て、口の端を僅かにあげて笑って見せた。

「―――ハッ!ホントにたわけだ!」

入り口の方向から声がした。振り返ると、ちゃんちゃらおかしいという表情で、綱手様がテントに入ってくるところだった。

「何だか百年ぶりに会ったみたいな顔してるな、シズク。さっきの会議といい随分威勢がいいじゃないか」

「綱手様!」

先程の会議を除き、綱手様と面と向かって話すのは、確かに久しぶりだ。何せ最後に言葉を交わしたのは 私が自来也様と雨隠れの任務に出る前のこと。
ちゃんとお会いして、綱手様に謝らなければならないことがあると前々から思っていた。
その場で地面に膝と手をつき、ゆっくりと額も地に合わせ、私は綱手様に向かって土下座をした。

「おい、何の真似だ」

「綱手様、どうかお許しください!!」

「何の話だ?」

「私は……私は自来也様をお守り出来ませんでした」

あいつに一人で無茶させないでくれと頼まれたのに、私は綱手様との約束を果たすことができなかった。
あの時自来也様を連れ戻すことができていたら、綱手様を悲しませることはなかった。あの時長門を止められていたら、この里を守れた。綱手様を瀕死の危機にさらすこともなかったのだ。

ジリジリと額を土に押し付けていると、首の後ろをぐいと掴まれ、強引に立たされた。まるで鬼神のごとく、かつてないほど怒った形相の綱手様が目と鼻の先にある。手が伸びてきて、殴られると予感した。覚悟して目を閉じたが衝撃はなく、かわりに、体を二つにへし折るかというほど強い力で抱き締められていた。

「なにがお許しくださいだ!心配させやがってこの バカヤロー!!」

「……!」

「綱手の言う通りじゃ。弟子が先に逝くというのは最大の師匠不孝じゃわい。シズネから聞いておるぞ、ナメクジ綱手姫。シズクの意識が戻らんとき、大方めそめそしくしく泣いておったんじゃろう?」

「うるさい鬼ババア!」

「おお、怖い怖い」

「つ、綱手さま、痛いです!」

ニヤニヤ笑うチカゲばあさまに綱手はギロリと睨んで一喝した。
綱手様の抱擁はこれがはじめてかもしれない。おおきな胸を押し付けられて苦しい。怪力すぎて骨が折れそうだ。しかし綱手様が歯を食い縛って感情を堪えているのが見え、鼻の奥がツンとした。私まで瞳がうるんできた。

綱手様の目が覚めたら、自来也様のことをどう罪滅ぼしすればいいのか、そればかり考えていた。
私はバカだ。この人にこんなに心配をかけて。

「自来也のことでお前を責める気はないさ。シズク、お前のことだ 精一杯やったんだろう」

「……」

「詳しいことはカカシとシズネから聞いてる。……長門というガキには 私もかつて一度、自来也たちと一緒だったときに会ったことがある」

「!」

「その点では私たちの過去の行いにも非がある。チカゲのババアの言い分は尤もだ。誰が悪いかを問い詰めていくのは不毛だ。だが里のため、ダンゾウが関わった雨隠れやイタチの件についてはいずれ必ず里の民に真実を公表する。約束だ」

「……はい!」

誓うと、綱手様はようやく私を解放した。ニカッと歯を見せて笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃ乱暴に撫でた。

「……ったく…おまけに聞き耳たててりゃ何が影の影だ!私にゃそんなモンいらんぞ!」

「呆れたわい。揃いも揃っておぬしら、素直じゃないのう」

チカゲばあさまが一番素直じゃないです、と言おうとしたが、なんだかおかしくてやめた。
ばあさまは毒舌だ。とにかく厳しくて、優しい声がけなどかけてもらった覚えはない。
たわけ、アホ、役立たず。そんな短い言葉だけ。しかしその中に、情に厚く本当は誰よりも深く私たちを心配しているチカゲばあさまの一面を見つけることができる。綱手様も同じだ。

チカゲばあさまは、私にとって血の繋がりはなくても、おばあちゃんなのだから。
もしかしたらサイも、ダンゾウと上司と部下という名の関係だけではなく、そこに信頼や恩義があったのかもしれない。

私がチカゲばあさまや綱手様から受け継いだのは技だけでない。心なのだ。
長年私は彼女たちに守られてきた。今度の戦争は、私が彼女たちを守る戦いになるのだと、そのとき実感した。

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