▼本当のことを
綱手様が目を覚ました。
まだまだ復旧作業が続き、暁の宣戦布告を受けた今の木の葉にとって、それはそれは嬉しい知らせだった。
みんなが笑顔で綱手様の話題をしているその背後では、しかし戦いに向けての準備が始まっていて。ああ、戦争って こんなに前触れなく始まってるものなんだと、ぼんやり思った。
私がこの世界に果たすべき役目って、いったい何があるんだろう。
*
「これより第一回作戦会議を始める」
綱手様の覚醒したその日のうちに召集がかかった。
ご意見番、正規部隊の上忍班長およびすべての上忍、暗部総隊長、情報部班長、医療班班長、暗号部班長。並びに同席すべき優秀な忍も参加を認められ、暁との交戦で成果をあげたシカマルも、中忍ながら席についている。
ナルトの姿がないのはなんでだろう。作戦を聞かせたくないからだろうか。
「まずは忍具・食糧の備蓄を始めよ。忍を戦闘部隊と支援部隊に二分割して戦闘部隊の小隊の組み方を検討するのじゃ。全ての忍のリストをここへ」
「戦争か……いよいよ動き出したな」
「作戦会議に呼ばれたとはいえお前はまだ若い。よく聞いてぬかりなくな」
「ああ。分かってる。頭フルに使って全て叩きこむ」
シカマルとおじさまが小さく会話しているのが耳に入ったけれど、あちこちからあがる提案の声に掻き消された。特殊部隊の各班長が、それぞれ忍のリストに黙々と目を通し始め、細かい文字で埋めつくされた紙が目の前を忙しなく移動する。
世話しなく戦争の準備をはじめる会議に、たしかな違和感を覚える。
火影の席には、“六代目候補”じゃなくて五代目様が当然いる。会議が始まる前も、始まった今も、誰もが六代目候補について触れなかった。火影になってもならなくても、志村ダンゾウは生きていたら間違いなくこの会議に席を列ねていただろう。
ダンゾウが出した私への捕縛命令は、彼の死により白紙となった。ダンゾウの目的が私の抹殺にあったのかどうか、その真相をも道ずれに。
サスケがダンゾウを殺し、彼はもうこの世にはいない。じゃあサスケはなぜダンゾウを殺したのか―――それを、どうして誰も口にしないの?
違和感は不快感に変わり、私はそのしこりを大人しく胸に留めておくことはできなかった。
「すみません。会議の前にお願いしたいことがございます」
私の挙手に 一同の顔があがる。
「何だ?」
と、綱手様。私はホムラ様とコハル様の二人の目をしっかりと見据えながら申した。
「ご意見番のお二人に、この場で明らかにしていただきたいことがございます。――――“暁”に与していたうちはイタチの真実や、志村ダンゾウがとってきた手段を、お聞かせいただけないでしょうか」
「!」
「彼らは里の内情に深く関わっているのではありませんか?」
どよ、と場がざわつく。
綱手様には、マダラの話がカカシ先生経由で内々に伝えられているはず。情報部の人間数人が裏付けの証拠を調査し始めたそうだけれど、なんだかまだるっこしく思えた。真偽は真実を知る人間に直接聞いたほうが早い。
イタチの件にはダンゾウが確実に関与し、それを上層のご意見番が気付いてないわけないだろう。
ホムラ様もコハル様も、目を細めて私を見る。
「何のことだ。噂に振り回されておるのではないか?」
苛立ちから反駁が声高になる。
「候補とはいえ、まがりなりにも里の長になりかけた忍が命を落としました。里の民が事情のいっさいを知らされないままなのはおかしいです」
「ここは戦争に関する重役会議の場じゃぞ。よさんか!」
「だからこそです。この戦争は忍界の積もり積もった悪歴で生じているのでしょう?知らないままでは何を信じて戦えばいいかもっとわからなくなります。公表し、事実を釈明すべきではありませんか?」
「……」
「私なら 戦いに出向く前に本当のことが知りたい。自分が命をかけたいと思うこの里の、本当のことを」
会議が進まん つまみ出せ。私を外へ連れ出すようホムラ様は控えの忍に指示したが、「待った」と綱手様がそれを制止した。
「悪いがコイツは医療班の班長だ。いてもらわなくちゃ困るんだよ。――だかなシズク、お前も少しタイミングってのを弁えろ。緊急の五影会談の前に里の戦力を整理しとかなきゃならんとなると、いまは時間が惜しい」
「……」
「作戦会議を最優先にする。その件は後だ。わかったな」
綱手様が仲介に入り場が収まる。感情的になったことは大人げないと痛感するけれど、心からの、思いだった。
「……はい」
悔しい。
*
会議は夜通し行われ、一時解散したのは翌日の朝だった。
悔しくて、憤りが渦を巻いてなんだかたまらなくなって、私は会議室を真っ先に飛び出した。一人になりたかった。
医療班仮設テントに用意された自室に向かうと、デスクにはすでに誰かが座っていた。
低い身長、大人しい色の着物に身を包んだ、背の曲がった小さな体。しかし佇まいに威厳がある。
「医療班長の癖に出勤が遅いのう。呆れるわい」
そしてその有り余る毒舌は。
「チカゲばあさまっ!」
駆け寄って、チカゲばあさまに思わず抱きついていた。
由楽さん亡き後、私に医療忍術の極意を叩き込んだ師匠こそが、このチカゲばあさまである。私が下忍になったときはすでに里から離れた山奥に隠居していたために、会うのは実に数年ぶりだった。
「チカゲばあさま、私、ずっとお会いしたかったです!」
「苦しいのう、離れろ」
悪態でさえ懐かしい。チカゲばあさまの体が以前より一回り小さくなったことに気が付き、胸がちくりと痛んだ。
「急にどうなさったのですか?」
「木ノ葉が壊滅して綱手もぶっ倒れたままと知らせがきてのう。情けのうて山から出てきてやったわい。全くコハルとホムラも何をやっとるやら」
コハルとホムラと聞いて、ピンと来た。
チカゲばあさまは三代目やご意見番の二人と同世代にあたるのだ。
「チカゲばあさま。お聞きしたいことがあるのです」
「何じゃ」
「志村ダンゾウのことです」
私はここ最近のことも含め、知りうる全てをチカゲばあさまに話した。由楽さんを殺した鬼哭の首謀がダンゾウであったこと。ダンゾウに直接会い真実を確かめたかったが、サスケがダンゾウを殺めてしまったこと。そしてダンゾウとうちは一族、うちはイタチについてを。
会議では結局のところ、うちはイタチの名も志村ダンゾウの名も一度として出なかった。忍は死ねばあとには影も形もない。誰かが語り継がなければ残らない。
ホムラ様やコハル様は、ダンゾウが死んで悲しくはないのだろうか?この乱世を、あの歳まで生き抜いた仲間は、大切ではなかったのだろうか。
厄介者が死んでよかったと、そう思っているのだろうか。
「……ついにあやつも死んだか」
チカゲばあさまは長く黙り混み、やがて深いため息をついた。厳しい人で、言葉はいつも刺々しい。しかし、ダンゾウの死を耳にしたとき、ばあさまの瞳は私の目からみても、知人の死を憂うものだった。
「シズク、お前はダンゾウが死んで嬉しいか?育ての親を殺した仇がこの世を去って」
チカゲばあさまは私を見て問う。不躾だと重々自覚しつつ、私はかつての師匠に問い返す。
「……ご存知だったのですか?」
「“鬼哭”の一件の後、お前が忍に復帰したころに綱手から考えを聞かされてのう。当時は、そうでないと思いたかったが」
「……」
ダンゾウが死んで、私は?
「……こんなこと言ったら甘ったれだってチカゲばあさまは言うかもしれませんが……彼が死んで終わるんじゃなくて、できれば分かり合って終わりたかったです」
私の答えにチカゲばあさまはふっと笑った。
「自分の仇だというに誠に甘ったれじゃ。お前は」
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