▼どんなに堕ちても
五影会談でダンゾウは本性を見せた。
おそらく兄の敵伐ちの為、サスケは会談を襲撃してダンゾウを狙っている。
木ノ葉の里では、同期のみんなは里の行く末を案じ、戦いの火種となるサスケを自分たちで始末することを決めた。
そのサスケを、自分ひとりで始末するために、サクラは私たちに嘘をついてまで行動してる。
この機を逃すまいと、マダラを名乗る仮面の男は 五大国に対し第四次忍界大戦の宣戦布告をした。
目まぐるしく激変する状況に心がついていかなかった。あまりにこんがらがった現状で一つ判りきっていることは、それぞれが己の手を誰かの血で染める、染め合う未来がすぐ目の前に迫っている という事実だけ。
「ヤマト……お前はナルト連れて里へ向かってくれ。オレはサクラを連れ戻す。サクラじゃサスケには敵わない 死にに行くようなもんだ」
サイに案内を頼んでサクラの元へ行くというカカシ先生の提案に、私も手を挙げる。
「私も行く」
「シズク、ダンゾウが火影候補から外れたんだ、お前に出された捕縛指令も直ぐ撤回される。里に帰っても、お前はもう咎められはしないよ。……正直、お前にはナルトと一緒に里に帰ってほしいとこなんだが」
ナルトの前だからカカシ先生は言葉を濁したけれど、きっと先生も私と同じ事を想定したんじゃないだろうか。合流先で医療忍者が必要となるような、最悪の事態の想定を。
「一緒に来てちょうだい。急ごう」
こんな光景を見たくはなかった。
千鳥片手にサクラを背後から襲おうとしたサスケの間合いに、カカシ先生は間一髪のところで割って入った。
地に伏してる赤髪のくの一とサクラを背に、私もサスケに対峙するように着地する。くの一は胸部からかなりの出血があり、かなり危険な容態だった。
この場から動かす応急処置が必要に思い、わたしは彼女の患部に手を翳した。
サスケのものでも彼女のものでもない、違う匂いの血痕が、石畳に何ヵ所も散っている。
誰のものかを考える余裕が、だんだんなくなってきた。
こんな光景、見たくなかった。
「落ちたな サスケ」
カカシ先生の声色がひどく悲しいものに思えた。
唇を噛み締め、深く頭を垂れるサクラに、お前が重荷を背負う事はないと、先生が言う。
「第七班の先生でありながらお前達をバラバラにさせてしまったのは オレの不甲斐なさだ。サクラ、お前を安心させようと無責任な事を言った……あれは自分に言い聞かせてたのかもしれない。だらしない先生ですまない」
サクラとの間に入られたとき、サスケはカカシ先生の気配に気づいてはいなかった。
先生は手に持っていたクナイでサスケに手傷を負わせることもできたはず。それをしなかったのは…出来なかったのは、カカシ先生がいまもサスケを救いたいって、心の底から思っている証拠だ。
「サスケ。オレは同じ事を何度も言うのはあまり好きじゃない……だがもう一度だけ言っておく。復讐に取りつかれるな!」
けれど先生の思いとは裏腹に、サスケは狂ったように高笑いをしてみせた。
それならイタチを、家族をここへ連れてみせろと、そう激昂して。
「お前を殺したくはない サスケ」
「まるでオレをいつでも殺せるみたいな言い方だな!いつまでも先生面すんじゃねーよ。オレはアンタを殺したくてウズウズしてるぜ カカシ」
そこまでに……。
変貌したサスケに二の句を紡げないでいると、カカシ先生はやおらサクラと私のほうに顔を向けた。
「サクラ、シズク、今ならまだ間に合う。お前たちはその子を連れてここから離れてろ」
「先生は?」
「サクラ、お前の覚悟の重さはオレが受け取るよ」
「私も一緒に、」
「ダメだ。早く行け」
これはオレの役目ってことだ。
カカシ先生が額宛てを押し上げ、赤い瞳を露にする。
「……どんなに堕ちても 大蛇丸をかわいいと思えてたんだな。三代目火影様がどんな気持ちだったか 今になって分かるとはね」
「それならアンタは三代目の二の舞を演じる事になる」
*
ごめんサクラ、サイから全部、聞いた。
移動中にそう告げるも、サクラからの返事はなく、橋の入り口まで撤退したところで、サクラはくの一の治療を開始した。
「お…お前……」
「今はまだ喋らないで!もう少しだから……」
サクラの瞳からは大粒の雫がぼろぼろと溢れて零れ落ちる。その様子を見たくの一の目尻からも、一筋の涙が伝っていた。
傷の痛みで泣いてるわけでも命を拾った感慨でもない 彼女の涙はサクラと同じに見えた。
この子、きっとサスケと行動を共にしてたんだ。
「!」
橋の下 水面から突として背筋の凍りつくようなチャクラを感じ、身構える。
イタチの黒い炎のように、写輪眼にはさまざまな術がある しかし水面に現れたのは見たことのない術だった。
サスケをすっぽりと覆う紫がかったチャクラは、次第に天狗の姿形になり、右手に構えた弓をカカシ先生に放った。
「サスケは……もう……お前たちの知ってるサスケじゃない」
回復したくの一の、言う通りだ。
先生もまた写輪眼で応戦してるようだけれど、サスケと“それ”から感じる禍々しいチャクラは、私たちの知るサスケとも、大蛇丸のアジトで再会したときのサスケとも、あまりにかけ離れていた。
私がサスケを凝視した、その瞬間だった。
突然に 腹部に強烈な打撃が。
「ぐえっ」
「シズクごめん!」
その場に膝をつき、視界に入ったサクラの背中で理解する。サクラが私の鳩尾めがけて拳を叩きこんだんだ。ま、マジのグーパン……しまった。
「サクラ、だめっ!!」
「大好きだからこそ、このまま悪へ突き進むサスケを放ってはおけないんだと思う。大好きな人を自分の手で殺めなければならない事になるとしても、それがサスケを好きになった彼女なりの 覚悟なんだと思う」
あのサスケを前にして、泣き寝入りしてしまうサクラじゃない。そして、本当にとどめをさせるわけでも、ない。
サスケの目の前に宛がったクナイを一押しできずに、サクラは止まってしまった。
「う…!うっ…くっ…」
その隙にもうサスケはサクラに照準を合わせた。
「よせ!!サスケェ!!」
カカシ先生も元に間に合わない。
このままじゃサクラが―――
「やめてっ!!!」
最悪の結果に王手がかかった その時。
私たちの前には、鮮やかな金色の髪が 閃光の瞬くように現れた。
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