▼死の森で

木ノ葉第44演習場 別名“死の森”。
たくさんの森林を有する木ノ葉の中でも一際危険度の高いこの場所で、他の受験者とふたつの巻物を奪い合う“第二の試験”が始まった。
ヒルや毒虫、危険な生き物がうようよしてる森に、受験生たちと、五日間の巻物争奪戦が始まった。

いよいよこの試験から、本格的な戦闘に入った。
実際の戦闘経験値の少なさもそうだけど、今日はなによりも、いつも守ってくれるカカシ先生がいない。それゆえの不安は、大きい。幸い ナルトに化けた先程の下忍は、クナイホルダーの位置を間違える初歩的なミスをするような忍で、助かったけれど。

――けれど。

この死の森で、わたしたちは厄介な奴に出くわしてしまった。
否、それは後から考えれば、“待ち受けられていた”と言ったほうが正確なのかもしれない。

仲間だと証明するため 長い暗号をいとも簡単に答えた“ナルト”に、サスケは容赦なくクナイを放った。

「なぜ分かった 私が偽物だと…」

クナイを躱した姿はもはやナルトではなく、変化が解かれて長髪長身のいでだちになっていた。この忍はたしか、死の森に入る前、試験官のアンコさんに 舌でクナイを渡した忍だったはず。長く伸びた舌を持つ不気味なヤツだったのを、なんとなく覚えてる。

「てめーが土ん中でオレ達の会話を聞いてるのは分かってた。だからわざとあんな合い言葉にした」

「なるほど つかれも油断もないってわけね。思った以上に楽しめそう」

地中に潜む敵を誘きだそうと敢えて游がせてたけど、逆効果だったかもしれない。
この忍を前にして感じる悪寒は、一体なに?写輪眼を発動させたカカシ先生や、霧の再不斬のように、身もよだつようなこの圧迫感は。

「さぁ 始めようじゃない。巻物の奪い合いを 命懸けで」

ひどく冷たい気配だった。
敵は自身の目元に手をあてると、ぐ、と指先を眼球へと押し込んだ。刹那 邪悪な殺気が肌を這い クナイや手裏剣 刃の切っ先が全身に襲いかかってきたようだった。おびただしい暗器を執拗に突きつけられ、血が舞い、己の無残な死に際を“見せつけられている”。
これは幻術じゃない。敵の殺気に飲み込まれ、自分の末路をイメージさせられてるんだ。
いけない。このままでは奴の気に飲み込まれてしまう。
わたしは咄嗟にホルダーからクナイを取り出し、自分の足を浅く斬りつけた。

「痛っ……」

正気に戻って目を開けると、サクラとサスケが悲鳴をあげて苦しんでいた。

「サクラ、サスケ!しっかりして!」

わたしはふたりに近寄って体を揺さぶった。悪夢から現実へ引き戻されたものの、威圧感にふたりは震えていた。サスケは恐怖のあまり吐き気を催し、サクラは身じろぎひとつ出来ず ただ涙を流している。
敵は目の前にいるのに、動けなくなってしまっては無防備にも程がある。これじゃ向こうの思う壺じゃないか。

敵のクナイをかわしてふたりを抱え、瞬身する。なかなか帰って来ないナルトの行方も心配だし、ここはなんとかしてこの忍の前から一時退くべきだ。
あれだけの殺気を放つ相手じゃ 簡単に見つかってしまいそうだけど…

「サスケ サクラ、わたしがあいつの相手をする。2人はナルトを―――」

そう耳打ちして立ち上がろうとすると、おもむろにサスケに腕を掴まれた。

「待て……行くだけ無駄だ」

「は?」

平常心を失っているのか、サスケはサクラの口を手で塞ぎ、小声でわたしに言う。

「あんな奴に敵うはずがない」

「サスケ?」

あのサスケが、逃げることしか考えてない?

「どうせ殺られるだけだ!」

そう言い争いになりかけたとき、んーっんーっと唸っていたサクラが ようやくサスケの手を退けて叫んだ。

「サスケ君、シズク、ヘビ!!」

「!?」

サクラの声で散り散りに逃げると、ヘビは驚くべき速さでサスケを追いかけていった。普段なら冷静に対峙できるはずなのに、サスケは錯乱しているのか、闇雲に手裏剣を投げつけている。
やがて 動かなくなった蛇の中から、先ほどの敵が姿を現した。

「キミ達は一瞬たりとも気を抜いちゃダメでしょ…獲物は常に気を張って逃げまどうもの。捕食者の前ではね」

“補食者” そう奴は言い、己の体を蛇のように大木の幹に巻きつけて 移動し始めた。
まずい。サスケもサクラも動揺している今、不意をつかれたら最後だ。
けど、なぜか敵は何かとサスケに挑発をかけている。サスケが巻物を持っているのを、なんらかの術で察知したのだろうか。それとも、巻物以外になにか、サスケを追う理由が…?

「待たせたな、みんなァ!」

そこへ突如として、敵の行く手を阻むようにクナイが飛んできたかと思えば、第七班最後のメンバーが まるでヒーローみたいに堂々と登場してみせた。

「合い言葉は忘れちまったぜ!!」

なにかっこつけてんのナルト、フツー敵の死角から奇襲かけるとこだってば!



*

「やいやいやい!どーやらお前ってば弱い者イジメしちゃってくれたみたいだな!」

ナルトが啖呵を切ったのをお構い無しに、あろうことかサスケは、懐からの巻物を取り出して敵に差し出した。

「巻物ならお前にやる……。頼む、これを持って引いてくれ」

「!?」

耳を疑った。
この敵はかなりの強者だけれど、それでもサスケに限って下手に出るような真似は絶対にしないと思っていたから。
よくみれば、サスケの瞳は写輪眼を発動するのもやめて、本来の黒目に戻っちゃっていた。
ほんとどうしちゃったの。いつものサスケらしくない。

「サスケ!何トチくるってんだてめーは!?巻物敵にやってどーすんだってばよ!!」

「うるせェ!下がってろナルト!」

「なるほど……センスがいい。獲物が捕食者に期待できるのは、他のエサで自分自身を見逃してもらうことだけですものね」

木に巻き付けた体を不気味にくねらせながら、敵は囁くように言った。観念したのか、サスケは奴に向けて巻物を宙に投げたが、ナルトがそれを阻止し、サスケに思い切り殴りかかる。

「ナルトてめー、急に何しやがる!!」

「オレってば合い言葉は忘れちまって確かめようなねーけどよ、てめーはサスケの偽物だろ!こんなバカで腰抜けたヤローはぜってー、オレの知ってるサスケじゃねー!!」

肩で息をしながら放たれた言葉は、なによりの信頼からくるものだった。サスケを一番のライバルとして認めているからこそ、ナルトはサスケの行動を、誰よりも許せないのかもしれない。

「こいつが強えェか知らねーが 巻物渡したってオレたちを見逃すって保証がどこにあんだよ!ビビって状況わかってねーのはお前のほうだってばよ!!」

サスケもはっとした表情で目を見開いた。
そう、こういうときのナルトの勘は、意外に鋭いのだ。敵は気色悪く舌を突き出し、袖を捲りあげている。

「フフフ……ナルト君、正解よ。巻物なんて殺して奪えばいいんだからね」

袖から覗く腕の印―――あれは口寄せだ。
奴の動きを邪魔しようとクナイを放つも、時既に遅し。すでに奴の血は契約の式に届いてしまった。

「ふざけ…、」

敵の動きに反応して駆け出したナルトを引き止めようとするが、振り払われる。
煙に包まれた先に、巨大な影が浮かぶ。それは、さっきの蛇とは比べものにならないほどの大蛇だった。脇に並び立つ敵でさえひどく小さく見えてしまうほど。こんな大きさじゃ、わたしたちなんてペロリと丸飲みされちゃう。

「逃げろナルト!」

ドカ!空中で身動きがとれないナルトは 木々を突き破り遠くの大樹まで叩きつけられ、血を吐いた。
それでも屈することなく、大蛇の頭や胴が歪むほどのパワーで拳を叩きこんでいく、ナルト。目は真っ赤に染まって瞳孔が開き、頬の線が太く荒くなって、まるで獣のような形相をしていた。
これ、ほんとにナルトなの?
うォォオオ、地鳴りのような吠え声にかき消される。再び飛ばされたナルトを、わたしは今度こそキャッチした。

「大丈夫!?ナルト!」

「さ、サンキュ」

ナルトはすばやく言うと、脇目もふらずにまた大蛇へと向かって踏み出した。

「よォ……ケガはねーかよ ビビリ君」

これほどの図体の生き物に、ナルトは体全体で蛇のパワーを凌駕し、サスケを庇う。
そのとき、敵はナルトの姿を見、たしかにこう言ったのだ。

あの九尾が生きていたとはね、と。

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