▼懇願
サスケへの始末命令が里内外に発令されて、ナルトはどんなにか焦ってるだろうと、心配だった。
合流したナルトは、案の定無理をしていた。平然と振る舞ってる風でも、いますぐなんとかしたいとヤキモキしてるんだろう。それはきっと、サクラも同じ。
ヤマト隊長とも合流し、私たちは雲隠れ一行の追跡を、急ぎ開始した。
木ノ葉隠れはまだまだ秋だけれど、これから向かう鉄の国は地理的に ほぼ一年中寒い地域だ。
国境を越えると気候は木ノ葉のそれではなくなって、雪が舞いはじめた。国の中心部はきっと厚い雪に覆われてるんだろう。
「カカシ先生がさ サスケは自分と似たタイプだから千鳥を教えたんだって、前に言ってたんだってばよ」
「…?」
ナルトのおもむろな会話に、耳をすませる。
「カカシ先生ってばエロ小説ケータイしてるし遅刻するし、サスケがカカシ先生と似てるとか、オレあんまし よくわかんなくて!そんときにさ、サスケにいちばん似てんのシズクなんじゃねーかって思ったんだってばよ」
「サスケと私が?」
「おう。カオとか性格とかフンイキでもねーし、うまくいえねェけど」
「サスケも私も思い詰めてるとこ、あるからね」
「そーかもな。けどさ、オレがエロ仙人との修行から帰ってきて久しぶりにあったシズクが、肩の力が抜けてたっつーか…なんかカイケツしたんだろーなって思って。それ見てて、サスケにもこんな風にラクになってほしいって感じたんだってばよ」
鈍感なようで、ナルトって実はかなり目ざとい。
自分のことだって大変なのに、ナルトはサスケのことも私のことも、気にして見ててくれたんだ。
ナルトの修行中に 私は育ての親の由楽さんを失ったあとの気持ちについてを、ようやく整理できた。シカマルへの気持ちも自覚した。肩の力が抜けたように、ナルトには見えていたんだろう。
…サスケは。
サスケはイタチへの復讐を終えて尚、まださ迷ってるんだ。
「ナルト」
「ん?」
「サスケが重荷をおろせるように、なるといいね」
「…おう!」
*
かくして、五影会談を目前に、私たちは雷影様との接触を果たした。
書状伝達の折に雷影様には一度お会いしてはいたが、改めて対峙した彼は、いかにも溌剌とした忍だった。
己の里を守り忍界の均衡をはかるためにも、
そして何より筋を通すためにも、サスケの始末は不可欠だと雷影様は断言した。
彼の確固とした答えに、ナルトの懇願は あたりの雪に吸い込まれるように消えていく。
「むちゃくちゃ言ってんのも分かってる!サスケは友達だ!友達が殺されるってのにただじっとはしてられねーよ!」
“オレが日向を変えてやるよ”
中忍試験でネジと真っ向から勝負したときナルトを思い出した。試験会場に居合わせた忍の中で、一族の過酷な境遇をまるごと変えてやるなんて 豪語できる人はいなかっただろう。
生まれてからずっと孤独と闘い続けてきた その痛みの深さゆえにナルトは、相手の苦しみを浮き彫りにする。
本人は自覚してるのかどうかわからないけど、ナルトは自分以外の誰かの願望も、サスケの痛みも、一緒にしょいこむつもりなんだ。
「それにサスケが元で木ノ葉と雲が殺し合うのはイヤだ!!そっちにも仲間にも復讐はさせたくねーんだ!」
「聞くに堪えん。ええい、行くぞ」
怪訝な面持ちで雷影様は先を急ごうと踵を返す。
「雷影様、どうかお待ちください。もう少しだけナルトのお話を…」
さく、と隣で雪を踏み締める音がしたかと思うと、深々と降り積もる冷たい雪の上 ナルトが額を押し付けていた。
「ナルト…!」
「お願いだってばよ!!もう復讐で殺し合うような事したくねーんだ!!!サスケは復讐の事ばっかだった!!それに取りつかれて変わっちまった!!」
ペインの件で、ナルトも私も、憎しみの感情とその先に待つ無情の末路を垣間見てしまった。
戦いの先には戦いしか、復讐の先には復讐しか待っていない。その復讐の果てにあるのが多くの人の死だということも。
「復讐はおかしくなっちまう!もう誰もサスケみたくなってほしくねえ!木ノ葉も雲も殺し合いなんかさせたくねーんだ!!だからっ…!うっ……くっ…」
サスケ、どうしてここにいないの。
サスケを救おうとナルトは必死なのに、今どこで何をして、何を見つめてるの。
この友の姿をその目に焼き付けてよ。
「ワシ達はサスケを始末する!その後でお前らが踏み止まれ!」
踏み止まれというのは、私達がサスケを諦め、雲隠れへの復讐は心中に留めよということだ。
ナルトは未だ膝をついたまま。
成り行きを見守っていたヤマト隊長ですら、雷影様の言葉に眉を寄せていた。
「雷影様…かつてアナタが日向を狙い企んだ事は、木ノ葉では何も解決していない。戦争の火種をつくった雲側に対し、こちらは血の涙をのんで戦争を回避した。その尊い犠牲の上にアナタ方の今があることを忘れないでもらいたい」
白眼を巡って勃発した木ノ葉と雲との事件については聞いたことがあったけれど、里内でその話があがることは、まずない。
他ならぬ、痛み分けでしかないせいで。
「今ここで若い忍が不器用なりに雲と木ノ葉…互いの里と国を想い頭を下げている。雷影様…アナタは五影の一人として、これをどう捉え、どう思われる?」
カカシ先生の質しに、忍が簡単に頭を下げるなと雷影様は怒りを露にした。忍同士の話に譲歩ぐせは禁物、人類の歴史は戦争の歴史だと。
私はようやく雷影様とナルトの認識の違いを理解する。
雷影様は今までの忍界を生きてきた忍者だ。対して、そして、ナルトが覆したいのはこの世界のシステム これまでの体制そのものなんだ。
力を絶対視する雷影様の前で、心で理解し合おうとするナルトの戦い方は異端なんだ。
「木ノ葉のガキ、お前が何をすべきかもっと考えろ!バカのままやり通せるほど忍の世界は甘くはない!!」
雷影様はナルトを振り向き、厳しい目でしっかりと数秒捉えた。まるでナルトの姿を脳裏で誰かに重ねるように、見つめて、去っていったのだった。
唯一の交渉相手が去り、私たちは再び、深い静寂に包まれていた。
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