▼ひとりじゃない

シカマルはシズクの提案に賛同しかね、最善手を明晰な頭脳で導きだそうとしていた。
しかし答えを出すその前に、石壁を越え地上から微かに野草を踏む音を聞きつけた。森の動物たちのものではない――大人の忍の抜き足だ。

「下がってろ」

シカマルの手は反射的にクナイホルダーに伸びたが、シズクがそれを制した。地上に居る忍が誰かをチャクラで感知したのだ。

「待って。カカシ先生だよ」

「間違いねェのか」

「うん。分身でもない。間違いなく本物」

シカマルはクナイを手にしたまま地下の隠し部屋から上の薬草小屋へと上がった。ドア元からは、カカシの穏やかな声がする。

「オレだよ」

「……本物か確認させてください。シズクの好物は」

「甘栗甘の甘栗クリームあんみつ。抹茶アイス追加で特盛」

即答かよ。シカマルは呆れ笑いをしながら扉を僅かに開けた。「お前ね、もうちょい難しい問い出しなさいよ」と、カカシもまた苦笑いをしながら小屋に足を踏み入れる。

「カカシ先生、鼻で追って来たんスか」

「いやね。シカクさんから伝言もらってさ。ひとまず無事でよかったよ」

「こっちも親父の機転っスけどね」

シカマルがカカシを地下室に連れて戻ると、シズクはどこか所在なげな顔をして、俯いている。カカシの顔をまともに見ることができないようだった。

「シズク」

「先生……」

最後にカカシとシズクが会ったのは、ペイン襲撃の翌日に、全てを話した時だった。謝罪しても自らの肉親がカカシを殺したことは消しようもない真実。シズクはもう、カカシと以前のような師弟関係に戻れないように思っていたのだ。

シズクの心中を察し、カカシは優しく諭すよう言う。

「顔上げて、シズク」

「カカシ先生 私のこと恨んでないの……?」

「恨む?まさか。お前を憎みなんかしなーいよ。むしろ感謝してるくらいだ」

「感謝……?」

「ああ。輪廻転生で生き返る時、お前の声が聞こえたんだよ。帰ってきてって そう何度もね。お前が呼んだからオレは帰ってこれたんだ」

シズクの声が頭上遥か高くから響くように聞こえたと、カカシは蘇る直前のことを二人の話した。
カカシはあの世ともこの世ともつかない狭間に留まっていた。七人目のペイン・外道は生と死のあいだを行き来する存在。狭間に残る魂を再びこの世に呼び戻すというのが、輪廻転生の術のあらましであった。

「どんな込み入った事情があろうと、お前がオレの命の恩人であることにかわりない」

「カカシ先生……」

「木ノ葉の忍は仲間は絶対に見捨てない。お前を幽閉させやしないと、今は皆が同じ気持ちで動いてるんだ」

そう言って、カカシはいっそう穏やかな笑みを私に見せた。

「お前たちに見せたいものがあるんだよ」


*

状況を把握しないまま彷徨きたくない、というシカマルを説得するのは大変だったが、カカシはなんとか二人を奈良家の小屋から連れ出した。

「こっちこっち」

木ノ葉の里と森の境界線まで来て、里側からこちらが完全に死角にあることを確認した後、カカシは隙間から里の方を指さした。

「カカシ先生 いくらなんでも危険じゃ、」

「ま 見てみなって」

指さした先には、木材や鉄骨を運搬するシズクの姿があった。しかも、運搬された資材を組み立てているのもまた、シズクである。珍妙な現場を目撃し、本物のシズクはポカンと口を開けたまま瞬きを繰り返した。

「あの変化、カカシ先生が用意したんスか?」

「オレじゃないよ。あそこにいる分身変化体は木ノ葉の忍の誰かが用意したんだろう。あの一体だけじゃないんだよ。今、里内ではシズクの分身変化が百体以上が復旧作業に従事してる」

「百体!?」

声を上げたシズクの口をシカマルが咄嗟に片手で塞いだ。

「むがむぐ むぐふーっ」

「あ、悪ィ」

「ちょっと 目の前でいちゃつかないでちょうだいよ」

「むがぐぐむぐぐ!」

「多数の分身変化で目眩ましと時間稼ぎってわけか。誰がそんだけの数を集めてるんすか?それともナルトが?」

「ナルトでもないよ。きっと里の人たちの自発的な行動だろう。シズクはオレたちの仲間だっていう、いわば里のヤツらの意思表明さ」

いまだ戸惑いの表情を浮かべるシズクにカカシは向き直る。

「さっきオレは転生の術を受けたときにお前の声を聞いたって言ったでしょ。思うに、シズクの声はあのとき術で生き返った全ての忍に届いてたんじゃないかな」

「でも……私が娘であることは事実だよ」

「ああ。そのペイン襲撃でたくさんの忍が命を落とした。でもオレを含め忍たちが蘇ったのもまた、ペインの術によるものだ。いくらダンゾウがお前の悪い噂を吹聴しても真実は変わらない。みんながお前を里の仲間だと認めてるってこともね」

里の至るところで活動するシズクの分身体は、見渡す限りどんどん増えている。
シズクをよく知る友人や大人たち。
かつてシズクが医療忍術で治した忍たち。
その繋がりは、ちょっとやそっとで切れるほど、か細いものではなかった。

「リスクを承知でこの様子を見せたかった。いつだったか 幼い頃にさ、お前は“よそもの”って仲間はずれにされてたね。冷たい目線を向けられようとも、それでもめげずにやってきたお前への、これは応答だ。お前はもうひとりじゃない。落ち着いたら会いにいくといいよ。皆、お前本人の口からみんな事情を聞きたがってる」

唇を噛み締めて瞳を潤ませるシズク。カカシは笑ってその頭をぽんと撫でた。

「オレの知ってるお前はね、負けず嫌いで心配性で泣き虫だけど、根はナルトみたいに屈託ない。だが最近のお前はずっと思い詰めた顔をしてる。罪滅ぼしを望むやつなんかいないよ。お前はいつも通り信念を貫けばいいんだ」

木ノ葉の里はずっとそうやってきた。何度でもやり直すことはできる。だからお前は罪の意識で心を閉ざさないでいてくれ。
この里にとって、お前はかけがえのない一員なんだから。
カカシの言葉にシズクは涙目で頷き、里の光景を目に焼き付けるように見つめた。


*

「ちょっとカカシ先生、勝手に触んないでくださいよ」

「シズクに触れるのにいつお前の許可が必要になったわけ、シカマル」

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