▼待ってる
お父さんってどんなひとなのかな。
優しい、厳しい、どっちだろう。どんな匂い?
手は、やっぱり大きいのかな。
背も高いんだろうなぁ。
私のお母さんとどう知り合ったんだろう。
私を見て、なんて思ったのかな。
知りたいこと、たくさんあったのに。全部聞かないまま別れが来てしまった。
本来の家族と過ごしたいという夢は、叶わないと受け入れて、諦めなくてはならない。この痛みをちゃんと知って、大人にならなくてはいけない。
雪と桜の花びらがあわさったら きっとこんな美しさなんだろう。風に吹かれて舞い散っていった紙片の、もう最後だろうという一枚が、私の下へとゆっくり降りてきた。掌にふわりと着地したそれは、雪のように消えたりはしなかった。
「そいつも連れて帰んのか?」
「このペイン天道こそ弥彦の亡骸で作ったもの。私達にとっては大切な人……」
小南の表情に悲しみが露になることはないけれど、ふたつの遺体を丁寧に包む彼女の所作から感じ取ることができた。
三人でひとつの組を成すのは私たちとて同じこと。その絆は海より深い。
「ヤヒコって……そいつだったのか」
長門の夢であり、その手で救えなかった人。
死してなお長門の側で戦い続けた仲間。
「お前はどうすんだ?もう“暁”に戻るとは思いたくねーけど……」
「“暁”は抜ける。私にとっては弥彦と長門が全てだった」
「そう簡単に抜けられるの?」
大蛇丸が生きて“暁”を脱退したことは資料で読んでいた。それでも、そう易々と組織を離れることができるのだろうか。
「“暁”にいる理由はもはや無い。新たな道へ進むため、私も選ぶ。……雨隠れに戻ったら、里の民には私から長門の最後の意思を伝える。そうすれば木ノ葉とこれ以上戦いが起きることもないだろう」
冷静な小南を見て、私は彼女がいずれこうなることを覚悟していたのかもしれないと考えていた。
長門の夢を傍らで手助けしつつも、それが成し遂げられても、彼女は幸福とは感じなかったはずだ。
「弥彦の夢、そして長門の夢。二人の夢がお前達に託されたなら、これからはお前達が二人の夢だ」
仲間の意思を最後までそばで守り続けること、それが彼女の忍道だったのかもしれない。
「長門が信じたなら私はお前達を信じる。私達雨隠れは お前達と共に二人の夢を追いかける事にしよう」
二つの遺体は小南を挟むように傍らにある。これから先も。
「ナルトって名前と……諦めないド根性。それから……痛み。それが、オレが師匠と兄弟子から譲り受けたもんだ!!」
ナルトはしっかり小南の目を見て彼女に誓いを立てた。
「今度こそ お前は散る事のない希望の花であってくれ」
ナルトと私に向けて差し出されたひとつの花束は、希望にあとを託した彼女の約束だった。
「……ねぇ、もし木ノ葉が以前のような暮らしを取り戻したら、雨隠れの里へ行ってもいい?」
「!」
私は小南に向かって問い掛けた。
「私、彼やあなたたちの育った場所を見てみたい。もし叶うなら……力になりたい」
この里でやりたいことがあるから、すごく遅くなってしまうけれど。何年かかるかわからなくても、そうしたい。
小南に告げると、彼女はしばらく沈黙を保っていたが、目を伏せて一言だけで答えた。手向けの花は純白。どこまでも白く、美しかった。
*
今の私には歩く力が残っていなかった。絶対に私をおぶって帰るとナルトは言い張ったが、ナルトにもそれほどの力はもうなくて。限界が近かった。二人して、木を支えに一歩ずつ歩んでいく。フラフラしながらも木ノ葉へ向かって足を踏み出す。
自来也様を、守れなくてごめん。
私はナルトに謝った。
いいんだ、わかってる。
ナルトは静かに頷いた。
それから、私とナルトはこの数日間のことを伝えあった。私は雨の里を。ナルトは任務と、修行のことを。イタチとした意味深な会話、そしてサスケが復讐を果たし、イタチを殺めたこと。そして九尾になる寸前に出会った父のことを。まるで自来也様の書いた物語の中にいるようで、まだ実感はない。
帰路の半分も来ていないうちに私たちにとうとう体力限界がきた。私もナルトも前のめりに傾き、体勢を整えられない。あ、ぶつかる。そう思った。けれど頬にあたる感触は固く冷たい地面ではなく、あたたかなぬくもり。なつかしい、大好きな匂い。
「あっぶねぇな」
ちゃんと前見ねーから転ぶんだよ。ぶつぶつと文句を垂れる彼の背中にぎゅっとしがみついた。ああ、安心する匂い。倒れそうなときにはいつも差し出されてる、大好きな背中だ。
背に寄り添うだけで、どうしてこんなに泣きたくなるの。
できるならずっとこのままでいさせてください。かみさま。
この涙、どうかシカマルが気付きませんように。
*
「よく帰ってきた!」
森を抜けたそこに今までの里の姿がなくとも、木ノ葉の里は、みんなは、ナルトの帰りを待っていた。
「信じてたぞ!」
「お前は英雄だナルト!」
「ありがとう!」
「おかえり!!」
そこには泣いてる人なんていなかった。英雄の名を呼び、皆が笑顔を彼に向けている。
「皆……お前が帰るのを待ってたんだ」
ナルトをおんぶしていたカカシ先生が自分の背中へ向かって話し掛ける。ナルトは目をまんまるにして、まだ飲み込めていない。こんなのはじめてだから。カカシ先生もいつになく優しい眼差しでナルトを迎えた。
「おかえりー!」
「ナルトー!!」
「ナルト君が敵を説得したと、事の顛末は全て私を通して伝えておきました」
カツユ様だ。そう言ったあと、シカマルは私向かってぼそりと呟いた。
里の皆には、お前とペインとの関係は伏せてあるから、と。小声で。
「ねぇ、敵はどんなだった!?」
こどもたちが一目散にナルトを取り囲み、腕をひく。
「わっ」
「ケガしてない?」
「イテ!押すなってばよ!」
やがてサクラもやってきた。サクラは怒声と共にナルトに渾身の一発を食らわせるも、そのままナルトの肩に顔を寄せた。決して抱き締めはしないけれど、その思いは深く。ちいさなありがとうは震えた声だった。誰よりも近くてナルトを心配し続けたサクラの、精一杯の気持ち。
たくさんの手に支えられて宙へと押し上げられるナルト。今日の日は、ナルトは奇跡の少年となった、彼がずっと待ち望んでいた絆を結んだ日だ。
私もまた、ひとつ、約束を交わした。
「……私、彼やあなたたちの育った場所を見てみたい。もし叶うなら、力になりたい」
「待っている」
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