▼告白
何十年もかかって ようやく、そう伝えられた。
父さんのこと、今は誇りに思う。
微笑みが返ってきて、胸につっかえていたものがまたひとつ、ほどけて消えた。
「そのキャンプファイヤー、あたしも混ぜーて」
「……!」
オレの背後から降ってくる声。忘れるはずがない。その陽気で、ちょっと人をバカにしたような話し方を。
「カカシってば老けたねー」
お前もここにいたのね。
オレは立ち上がり、振り返った。死んだのは彼女がまだ二十歳くらいだったから、若く元気な姿のままの由楽が、オレの目の前にいた。
オレは気付けば彼女を抱き締め―――ようとしたが。
「よくも私の愛娘にちょっかいだしてくれたわね!このスケベ!」
なにも殴らなくてもいいじゃないのよ。
ここはあの世のはずなのに、由楽はあたたかく柔らかい。彼女の肩に自分の頭を押し付けて、強く強く包み込んだ。
「カカシってば、すっかりオッサンになっちゃって。昔はあんなにシャッキリしてかっこ良かったのに」
そうだ。由楽はこんなふうに笑うんだっけ。
「サクモさんに見られちゃってるよ、カカシ」
「……ふたり、知り合いなの?」
「知り合いっていうか 仲良しかな。ね、サクモさん」
父さんは笑って頷いていた。二人だけで話したいこともあるだろう、と、父さんは火のもとから離れていった。
オレはようやく腕の中から由楽を解放した。その表情をよく見たかった。
「ここにみんないるのか」
「ううん。ここはあの世とこの世の狭間。旅立った人はいないよ。アスマなんかずっと前に行っちゃった。きっと今ごろ三代目と将棋でも指してるんじゃない?」
由楽がそんな内容を平然とと笑顔で言ってしまうから、つられてオレも少し笑みが零れる。
「あっ 今いいなーとか思ったでしょ。ダメ。カカシはまだあっちにいかさせてやんない」
「なんでよ」
「なんでも!」
「じゃあ由楽はなんでずっとここに……?」
言いかけた口を閉じる。考えなくたって分かることだ。由楽はシズクと会うためにこうして何年も待ち続けている。
しかしオレの考えを見抜いてか、由楽はオレに、ばかね、と呟いて髪に触れた。
「違うよ。あの子はもうあたしのことを乗り越えたもの。あたしはね、カカシに会いたかったの」
カカシの近くにずっといたよ、あたし。
引き寄せられて、今度は由楽がオレを抱き締めた。掌で包み込むように、頭を撫でられている。
「……お前にずっと言いたかったんだ」
「なあに?」
「オレは、……オレも、お前を好きだったよ」
由楽はとても嬉しそうに笑って、オレをことさら強く抱き締めた。
「ふうん、過去形なんだ」
「いや その……実は」
「知ってるわよ、バカカシめ!あたしの娘に目移りなんかして」
「ちょ、いてて!」
由楽は全てお見通しのようで、オレの頭を本気で叩き、容赦なく髪を引っ張る。それが急に止んだかと思うと、彼女はオレの耳元で囁いた。
「……ありがと、カカシ。でもね、カカシはまだ生きてかなくちゃいけないよ」
「でもオレは死んだじゃない」
「まだだよ。やり残してることたくさんあるでしょ?カカシはちゃんと役目を終えておじいちゃんになるまで生きて。まだ戦ってよ。どうせぽっくりいったらあとは一緒にいられるんだから」
「オレはもう疲れたよ」
もう充分戦ったろう?先生もオビトもリンも守れず、それを背負って何十年も戦い続けた。もういいじゃない。
「無駄口たたかないの!」
「オレにやれることはもうない。ナルトもサクラも、シズクも立派に育った」
オレの弟子たちはとうに手を離れ、自分の道を歩んでいる。あいつらは居場所を見つけたんだ。寄り添いたい人物も。
「それにシズクはシカマルを選んだよ」
「あっはは、拗ねてんの?」
「せんせい」
どこからか声が聞こえた。愛しい、もうひとつの声。
「……シズク?」
「ほら 呼んでる。はやく帰ってあげて。あんまりあの子を泣かせないでよ」
「カカシ先生、おねがい、かえってきて」
ほんとうだ。呼んでる。
いかなきゃならない。
この先永遠に側にいることは不可能だけど、それでもオレは、あいつが大切で、大切で大切で大切でしょうがないらしい。
「大丈夫。いつでも会えるよ」
由楽は最後にバンとオレの背中を叩き、それからぐいと押した。
前へ、前へと。
いつもの乱暴な所作だった。
「さ、いってらっしゃいな!」
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