▼01 統べる者(一)

「海へ行こうよ」と駄々をこねたことがある。誰にむかって?言わずもがな。
木ノ葉隠れは大きい。火の国はさらに。
では海はどれほど広いのか。

海は何物ともくらべものにならない。そこがいい。
一面の水溜まりに差し込む眩しい朝日を見てみたかった。


見渡す限りの川面は、晴れたらさぞ美しいきらめくのだろうに、どんよりと映すは灰色ばかり。東の空に輝く一点の星がいっそう目立つほど。
鉛のような海原に架かる一筋の橋も同じ色をしていて、石畳の門には扉の代わりに綱が引かれている。奥には雨に煙る鉄塔の影が 巨大な戦艦のように揺れていた。

雨隠れの正門に到着した私を歓迎してくれてるのは どうも降りしきる小雨だけらしい。
人間のほうはというと、揃いの外套に笠を被り 長槍の矛先をこちらに翳していた。
門を守る五人の忍に近寄れるだけ近寄って、私はフードを下ろした。

「木ノ葉隠れの里の月浦シズクと申します。同盟規約に則り、この度 雨隠れでの長期任務を仰せつかりました」

五人分の視線がまとめて片目へ注がれるが、彼らの反応は 何らかの瞳術をせいぜい危険視する程度に薄い。

「忍者登録証と入国証明書は」

「はい。ここに」

提示したものを別のひとりが確認してようやく、彼らの武器を持つ手が緩んだ。

「失礼した」

また別の忍が片手で笠を押し上げて、顔を明らかにした。
ヤマト隊長と同じ位の歳かな。彼の眉の上で結ばれた額宛てには、里を象徴するマークに横一文字の亀裂が走っていた。

「里長様の元へ案内致そう」

門番警備の忍に続き、小雨の降る街を無言で歩く。友好条約で里を案内されているというより、囚人護送のそれに近い心持ちだ。
時刻のせいで人影もほぼないに等しいが、フードを目深に被る忍の顔をすれ違いさまに覗くたび、同様に額宛ての横線が目に入った。抜け忍を主張する印を里の者が揃いも揃って掲げる、この違和感。過去との決別。そして、ペインの説いた“痛み”の共有。
けれど今となってはそのペインもこの里にはいない。神様を失った今のこの里に、いったいどれだけ彼の意志は受け継がれているのか?
それさえもまだ判らない。

沈黙を破って案内人に疑問を投げ掛けるのも憚られ、従うままに歩いた。
川の流れに沿って進んでいても建物に活気があるわけでもなく、むしろ 町の中心部からだんだん遠退いている様子さえした。
“西三”と書かれた橋を越えてさらに歩いたあたりで、思い込みでは到底くくれない既視感が募り、その光景が目の前に広がった瞬間に私はついに足を止めた。

(ここは……)

「どうかしたか?」

急に立ち止まった私を不審がり 案内の忍が口を開く。

「いいえ」

とっさの、うそ。

「きれいな川でしたので」

美しいと思ったのは本当だった。夜明け前に今一度ほの暗く染まった空に 水面はなぜか澄んで透明だ。
人ひとりが簡単に通れるような巨大なダクトが引きちぎれ水に使っている寂れた廃墟のよう。
手付かずの傷跡でも。
敬愛する忍の果てた場所でも。
きれいだった。

「我々はこの場所を海と呼んでいる」

「海?」

「ああ。周囲を他国で囲まれている我が里に海は存在しないが……そう呼んでいる」

彼はこうも話した。
随分前に侵入者がありここは戦場となったが、神聖な海ゆえに修繕をしないと取り決めがあったそうな。と。
千切れた配管や、水面に揺れる小島の岩肌。鉄塔の隙間からは朝日に しばし見入る。雨粒は、こんなふうに プリズムのように光を拡散するんだ。
眩しい暖色に 自来也様が眠るこの海も 雨隠れの人々が眠る町並みもいちように染めあげられたとき、

「もう離れることはない」


耳元で声が聞こえたような気がした。


「お前の目となって……これからはずっと…一緒だ」


見えますか?お父さん。

あなたが待ち望んでいた
これが暁の空です。

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