▼中忍試験
試験当日。見送りのため、わたしはカカシ先生とアカデミーの301室の前で待機していた。
時間ぎりぎりになっても現れない三人にやきもきしながら。
「みんな遅いね。先生の遅刻グセがうつっちゃったのかな」
冗談混じりに言うと、先生はギクリとして、ハハハ、と困ったように眉を下げて笑った。ほらね、思い当たる節が多いんでしょ、先生。
受験条件はスリーマンセルでの参加。つまり臨時隊員のわたしは抜きに、四人揃わなくてもナルト、サクラ、サスケの三人が希望すれば試験を受けられるのだ。
ナルトとサスケは気合い十分。けれど、危険を伴う過酷な内容に、サクラは受験を迷ってるようだった。優等生のその実、サクラがナルトとサスケの成長度合いに焦りを感じてることは、一緒にいてもよく判る。
その上、砂漠の我愛羅をはじめとする砂忍三姉弟に対峙してからは、ますますそれに拍車がかかってるのかもしれない。
「ナルトやサスケに限って来ないってことはありえないけど…サクラは…」
「サクラも心配ないでしょーよ。窮地に立たされた任務の後に成長したのはナルトやサスケだけじゃない。サクラなら、どうするのが自分たちにとって最善かを判断できるだろ」
「……うん そうだよね」
たしかに、先生の言う通りだよね。
サクラは頭もいいし、チャクラコントロールには目を見張るものがある。なにより根性がある。どうしたいかきっと自分で決めるだろう。
目の前の部屋に入ってゆく下忍を眺めながら、しばらく先生と他愛もない話をしていると、ふと異様な気配を感じた。
顔をあげてみると、男の人がひとりだけこちらに近づいてきていた。温泉のマークみたいな、見慣れない珍しい額宛てをつけている。能面に切り込みを入れたような細くて鋭い目で、不気味な雰囲気を漂わせていた。他の受験生とは違い、見るからに危険そうな雰囲気だ。
邪魔にならないように壁際に寄って道をあける。その男は通り過ぎるほんの数秒間に、とてつもない殺気をわたしに浴びせかけてきた。
「……!」
戦慄。殺気。
口元を歪めた笑み。
こんな邪悪な殺気を経験したことがない。悪寒と恐怖が、電流のようにわたしの体の隅々まで駆け巡る。奴の歩みから目を逸らすことが出来ず、どこからともなく汗がふきだして、喉から水分が奪われて焼けつくよう。
この前の再不斬や白とも異なる気配に、反射的に手がクナイのホルダーに向かう。しかしその男は蔑むようにかるく口の端をあげたまま、何事もなかったかのように殺気をおさめ、扉に手をかけた。
バタン。
奴が去って、ようやく安堵のため息が洩れた。
「な……なにあれ!」
わたしは今気圧されたんだ。完膚なきまでに。
明らかに戦い慣れし、こちらを見下して楽しんでいる様子だった。振り向くと、カカシ先生もあの人が入っていった扉を無言で見つめていた。
下忍とは到底思えない一流の殺気を放つ忍。この試験にはそんな危ないヤツがいる。もしかしたらアイツだけじゃなくて、血の気の多い受験生はわんさかいるのかも。
*
(オレには向けられてなかったな 今の殺気)
カカシは今しがた通り過ぎた受験生を反芻する。
職業柄今まで遭遇した忍の顔は全て覚えているし、記憶力には自信もある。引っかかってもすぐ名前が出てこないならそこまで危険度は高くないだろうが、シズクに向けられた殺気は、力量でいえば上忍や中忍のそれだった。
「ねえ、さっきの人の額宛て、珍しいマークだったけど いったいどこの里なの?」
「あれは湯隠れの忍だ」
「湯隠れ?」
「ああ。大陸の北東にある小国の忍里だ。木ノ葉のような大国お抱えの里と違って小規模の平和な里だよ。情勢も落ち着いてて 忍たちも温和な傾向にあるが、それに辟易として里を抜ける少数派もいるって話だ」
「あの人は少数派っぽかったね」
「しっかし、あの顔になんか見覚えがあるよーな気がしたんだけどねぇ」
「先生、どこか任務で会ったことがあるの?」
「イヤ そういうんじゃないが」
カカシがシズクを見やると、彼女は凛として意志に満ちた顔をしていた。
「カカシ先生、わたし前言撤回します」
「ん?」
「中忍試験に出ます!」
「えっ?」
「わたしの分も受験票はあるんでしょ?」
「んー……確かに推薦は出してあるけどね。お前は中忍試験の救護班の任務もあるんじゃないの?」
「救護班には相談してみる」
「なんでまた急に?」
「だって、この試験って、砂忍とかさっきみたいな忍に混じって先生なしで乗り切らなきゃいけないんでしょ?一緒に試験に出れば救護隊よりよっぽど近くみんなといられるし……」
腰に手をあててハキハキと話すシズクに、カカシはがっくりと肩を落とした。本来シズクが好戦的で極度の負けず嫌いだということをすっかり忘れていた。
両の拳をパンと合わせた彼女の瞳は輝いて、燃えていた。一体誰に似たかなんて、考えるまでもなく。
「お願いします、先生」
「……」
シズクの言うことには一理あった。
今回初受験となるのは木ノ葉のルーキーナインだけではない。
全貌の見えぬ新しい隠れ里・音忍の一派に加え、最も危険視されているのが砂隠れの里の若手だ。
四代目風影の実子にして既に里内で頭角をあらわしているという三人の姉弟。なかでも“砂漠の我愛羅”の噂は、木ノ葉の暗部にさえ悪名が届いているほどだった。
この中忍試験、ただの昇格試験ではない。里同士の実状と因縁が複雑に絡み合う政治的な側面を持つ。何か起きてからでは遅いのだ。
「判ったよ。せいぜい気を付けなさいよ」
「ありがとう!」
あれだけ怪しい人物がいるとわかっていながら、その渦中にあえて飛び込むという。忍として確実に成長している弟子を、今はカカシは温かい目で見送ることにした。大事にならないといいが、と祈りながら。
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