▼傷跡を辿って
創造再生の術が途切れると、綱手師匠は意識を失った。
副作用で腕や顔のあちこちに皺が走って、実年齢より老いていく。里の中央付近では、帰還したナルトが、ペインと戦い始めていて。
今すぐ援護に行きたい。けど、仙術を会得したナルトに 私たちのアシストはかえって足手まといになるって、護衛の暗部に厳しく叱咤された。
どうすればいいの?もう祈るしかないの?
ナルトが戦っている方角に目を凝らしていた私の元へ、カツユ様がずりずりと地を這ってやってきた。
その体は白いチャクラを帯びていた。
「カツユ様!師匠のチャクラはもう限界なはずじゃ……それに、そのチャクラは……」
「そうです サクラちゃん。このチャクラは綱手様じゃなくて、シズクちゃんのチャクラです。つい今しがた シズクちゃんが自分のチャクラを使ってくれと」
カツユ様が肩に乗ると、みるみるうちに私の体の擦り傷が消えていった。受けとるチャクラは、あたたかくて柔らかい。感知タイプじゃなくても、シズクと共に修行し、任務をこなした仲だから、持ち主は分かる。
「シズク、意識が戻ったんだ!」
「はい。ワタシの分裂体全てにチャクラを分けています」
木ノ葉の里に帰ってきたきり意識がなく、襲撃前も行方を眩ませて不安だったけど、やっぱりシズクは私の知るシズクのままだったんだわ!
「カツユ様、それじゃシズクは今どこに?」
*
チャクラの羽をおさめ、深く抉れたクレーターの中心に舞い降りる。そこには、腹部を杭で貫かれたヒナタが横たわっていた。
「ヒナタ」
うつ伏せに倒れたヒナタの横に膝をつき、チャクラを掌に集め、患部に翳した。傷は深いが すぐに治療すれば命に別状はない。止血して傷の応急措置を終えると、私はヒナタの体を仰向けに寝かせて、本格的に掌仙術を開始した。苦しげだった表情も、徐々に和らぎ、穏やかな横顔になっていく。
「……ナ…ルト…くん…」
ちいさく譫言のように、何度も繰り返される名前。
「ナルト君の笑顔が私を救ってくれた!だからナルト君を守るためなら死ぬ事なんて怖くない!!私は、ナルト君が……大好きだから」
やろうと思えば皆殺しできる筈のペインが、人の命を完全に奪わずに“里”という外郭を破壊したのは、気持ちの現れなのかもしれない。犠牲になった小さな里の民として、広大で豊かな里が憎らしい。同じ痛みを味合わせたい。
だから人ではなく里 家や居場所という基盤から、抹消しようとしてるんだ。
「……ヒナタが何度も立ち上がったの、聞こえてたよ」
大丈夫。必ずナルトは帰すから。そうヒナタに誓い、私は影分身の印を組んだ。
現れた影分身体と治療を交代して、立ち上がる。九尾化したナルトが駆け抜けて滅茶苦茶になった道が、“ペイン”に続いてる。
*
林や岩壁を抜けた先には、月と見紛う程に巨大な岩の塊が浮かんでいた。辺り一体を根こそぎ奪ってしまったんだろう。ひび割れたその跡に、ペインが空を仰いで佇んでいる。
近くにナルトの姿がないということは―――まさかナルトはあの中に?
「また邪魔が入ったかと思ったが お前だったか」
短髪のペイン“天道”が振り返る。
「オレの支配を解いたのは感知していたが、追ってくるとはな」
「私はもうあなたの操り人形じゃない」
ペインの縛りに従うままに、いっそのこと感情なんて感じなくなっちゃえばいいとも、思った。
それがもっとも楽だから。シズネ様やカカシ先生、他の多くを死に追いやり、アスマ先生やチヨ様たちを奪った組織の、その頭領が血縁であるなど、受け入れたくなかった。
私は、本当は特別で幸福な存在になりたかった。臆病を繰り返して、また人にすがり付いた。シカマルはその私を突き放し、立てと言った。
私の間違いを叱って。生きろと言った。
依存したまま終われない。
心の隅で傷ついてめそめそ泣く自分は、もう、いらない。もう一度自分の意思を信じてあがいてやる。
この命、土砂降りでも火の海でも構わない。
「ナルトの拘束を解いて」
ペインが私に手を向ける。
斥力で、私の体は後方に投げ出されそうになる。
一方、宙に浮く岩の塊は一部が吹き飛び、中から動物の尾のような長い何かが次々と突き出していた。
「ギャォォオオオオオオオオ!!!」
「ナルト!?」
「ここまでとはな」
岩を突き破り悲鳴を上げたのは、ナルトじゃなかった。この世の生き物ではないかのような咆哮を放つ、それ。体は何倍にも膨れ上がり、もはや九尾の骨格ができている。筋肉が露になった痛々しい外皮、飛び出したふたつの目玉。その雄叫びが空気を震わせ肌を伝ってきた。
苦しみ悲しみ怒りと憎悪、感情全てで出来た成れの果ての悲鳴だった。
「ナルト!!」
力いっぱい喉をふるわせても、ナルトへは届きはしなかった。
「ヒナタは生きてる!!お願いだから止まって!!」
「人柱力はほぼ九尾になっている。どのみち元には戻れまい」
「人柱力だなんて呼ぶな!ナルトは私の大切な仲間だ!!これ以上アンタに奪わせない!!」
腰からチャクラ刀を引き抜くと、長く鋭い刃がすっと伸びる。
向かい合うペインも黒い杭を手にしていた。
浮いた“月”からは、獣の叫び声が轟き続けていた。
- 229 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next