▼同じ痛み

シカマルが人を殴るところを見たことがない。力に身を委ねる性分じゃないし、おじさまとおばさまの教えもあって、尚更女の子には拳を向けない。
だから、シカマルに殴られたのは、これが初めてだ。

「前もこんなやり取りしたな。自分は抜け忍の子だとか 忍辞めて里を出るだとか、散々喚いたことあったよな」

シカマルを見上げる。瓦礫に体を預けて膝をついて、彼の頬は赤く腫れてきている。まだ影の繋がりを完全にほどいていないから、私が頬を殴られた痛みをシカマルも共有してる。

「さっきから言ってる内容全部ぶっ飛んでっけど とりあえず信じてやるよ」

シカマルは地面に血を吐き捨てると口元を拭って少し笑って見せた。
どうして笑うの。何がおかしいの。

「お前の親が誰だろうとこの際どうでもいいけどよ。お前が今考えてる最悪の状況、言い当ててやろうか?」

頭がすうと冷えた感覚に陥る。聞きたくない。そう強く願ってもシカマルの口は既に開かれていた。

「オレも親父たちも皆死んで、このまま里はペインに潰される。お前はペインに連れてかれる」

「やだ………やめて、聞きたくない」

「罪の意識ウジウジ引き摺ったまま、お前はこの先ペインの下でずっと独りで生きてくって、そう想像したんじゃねェのかよ!?」

「やめて!!」

同時に身体の中枢から末端に電流のような衝撃が走った。癒えた足で私は立ち上がり、シカマルを力の限りぶん殴っていた。
今度はシカマルが地面に倒れる番だった。先程同様シカマルの術で私も倒れて、頬には激痛が走る。私はシカマルの上に馬乗りになり、横っ面をもう一度殴った。シカマルの鼻からは血が流れ出す。私からも。

「親の何者かがそんなに重要かよ?」

「やめてったら!!!」

「親が木ノ葉の仇だからこれまでの全部パアってか。なあ 今までお前がやってきたことって、ンな簡単に全部なかったことになんのかよ!!」

「シカマルにっ、シカマルに何がわかるの!!」

優しくて暖かい、いつも逃げ込める場所だったはずのシカマルから、そんな言葉欲しくない。

「動いてんじゃねーか……体」

指摘されるまで気が付かなかった。この体は自ら意思に従って動き、シカマルを殴ってる。ペインのコントロールではなく、私自身の怒りのもとに。

「なんで……」

「喜べよ。自分の体が戻ったんだからよ。それとも嬉しくねーのか?」

「……!」

「図星かよ。そうだよな。ペインの束縛から解放されたらお前はもう被害者じゃねえ!加害者だ!操られてたとはいえお前は仲間を傷つけた。里に対して都合いい言い訳もなくなる。そりゃ怖えよな。お前は昔っから自分を守れりゃいいんだもんな!!」

シカマルは上半身を起き上がらせ、私の胸ぐらを乱暴に掴んだ。眉間に刻まれた深い皺と鋭い瞳孔が近づく。

「木ノ葉を守るだとか嘘ばっかじゃねーか!!お前が守りてェのは結局自分のことだけじゃねえかよ!!!」

脳に叩き込まれるみたいに、シカマルの怒鳴り声が反響した。シカマルはもう一発私を殴り飛ばしてまた襟元を掴んでくる。口の端を真新しい血で滲ませながら。

「自分が特別だと思ってんだろ!?オレたちとは違うってな!いつも 私は私はって、お前のそーゆーとこが嫌なんだよ!!」

「だって、」

「だって何だよ。違わねーだろ?お前はただのガキだ!!オレにこんな役回り押し付けんじゃねえよ。死にたきゃ勝手にひとりで死にやがれ!!!」

「っああ、死ぬよ!死んでやる!」

私はシカマルを突き飛ばし、そばに落ちていたボロボロのクナイを自分の喉元目掛けて構えた。しかし、あと数ミリのところでピタリと手が止まる。

できない。

できない。
どうしてもできない。

「………うぅうううっ、」

私は自分の命が惜しい。

「うぁああああああぁぁぁっ!!」


ああそうだよ。この17年の人生、私は人前では真っ当に生きているように見せたかった。
ひとりは嫌い。辛い。悲しい。怖い。寂しい。だから正しくありたかった。それが影の原動力だったのに。
これまで肉親というものに執着したことはないと思った。でもそれは自己回避してただけで、父と母なるものへの羨望に蓋をしてきただけ。
奈良家への私の態度が最たる例だ。甘えていい、わがままを言っていいと言ってくれるヨシノさんを、“おばさま”と呼び、シカクさんを“おじさま”と呼んでいた。奈良家の夫婦のような理想を、肉親に求めてもいた。だからペインの正体を知ったとき、つまり自分の親がどのような人間たるかを知ったとき、もう自分の願望とする家族像が叶わないと実感して、私は私に戻ることに恐怖した。戻ることはできないと思った。もう木ノ葉の人に受け入れてもらえないだろうと想像し 私は自分の心を停止させたんだ。
私は私の弱さ故に自らペインに乗っ取られた。本当に自分本位で、わがままなこどもで、独りが怖いだけ。臆病なだけの存在だ。

これが紛れもない、私のほんとうだ。

咆哮に似た嗚咽が響く中、シカマルは指先から零れたクナイを拾い、それを遠くへ投げ捨てる。

「まだ終わってねェぞ」

泣き喚く私の胸ぐらを掴んで起き上がらせ、

「よく聞け」

シカマルはまた語尾を荒げた。

「忍も一般人も今日はかなりの数が犠牲になる。なのに、医療忍者のお前が死にてェなんて泣き言たれてどうすんだよ!?生きれる奴が死にてぇなんて贅沢なこと言ってる暇があんなら、ひとりでも多く治せ!!」

シカマルの瞳に アスマ先生の意志が宿っていた。
そして最後に、今度は小さな声で私に呼び掛ける。

「そんなに死にてーんならいつか殺してやる。……お前がババアになったらな」

「……」

「だから今死ぬな」




ふらふらと、あまりに頼りない体で立ち上がってみる。目眩がして、涙は真っ直ぐ地面に滴り落ちた。
立つだけで、立ち竦むだけで、苦しくて胸が張り裂けるんじゃないかと思う。
今、この頬に感じる痛み。
滴る血。切れた唇。
繋がった影。繋がってなくても、同じ痛みを受けとめてくれる。

その痛みが私の目を覚ましてくれた。

がらんどうの里を眺める。
ペインが今どこにいるか、手にとるように判った。
今、この地に、カカシ先生もシズネ様も、みんないない。
それでも この先、もっと多くを失うことになる。

「行けよ」

ぶっきらぼうな言い方で、シカマルはまたしても、私に道を示した。
立ち上がると、暁の呪縛のようにはめられていた暁の指輪が右手の親指から滑り落ち、からんと音を立てて瓦礫の中に消えていった。

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