▼拒絶
生きて帰れる可能性が低いと覚悟して出てったわりに、シズクの部屋は普段のままだった。
キッチンには洗いかけの皿。寝室には畳まれてない布団。開きかけの本や巻物の山が散らばってて。
「だらしねー女だな」
悪態をつきながら、机に目をやる。富士風雪絵の直筆サイン以外、これといって目立つモンはねェ。写真立てが多い。由楽さんと撮ったもの。第7班の集合写真。アカデミーの入学式に、俺と並んで撮ったやつ。
こっちのは卒業試験に合格した日だ。奈良家の前で、新品の額あてを着けたオレとシズクとオヤジと母ちゃんが四人で写っている。
どのショットも、シズクは満面の笑みをこちらに向けてた。
オレとの写真の前には小さな包みが置いてある。
「これは……」
先日オレが送った品だ。高価なもんは買えなくて、アクセサリーショップに気恥ずかしく立ち寄った。渡すのも失敗したが、この窓辺から、あいつは嬉しそうに オレを呼んでた。
指輪の包みを手に取れば、中に小さな紙切れが入っているのに気付いた。悪ィとは思ったが、その紙切れを開いた。
シカマルへ
約束、守れなくてごめん
シズク
「……こんな短ェ遺書置いてくヤツ、いるかよ」
*
あれから毎日、暗号部へ行く前に必ず隔離部屋へ向かった。
一定の速度を刻み続ける電子音に加え、今日はシズクの周りにはおびただしい数の管が繋がれてた。食事を一切取らないシズクのために生命維持の装置が入ったのかと最初は思ったが、それらは情報部の解析室に設置されてる機器と寸分違わぬものだった。
「シカマル!」
病室の前にはいのが立っていた。
「朝っぱらからどうした?」
「それはアンタもでしょ!私、シズクの心を開示しに来たのよ。お父さんが敵の一人を“視て”て、手が放せないから。その代行でね」
自来也様が拘束した雨隠れの忍に対し、いのいちさんは初日から不眠不休で頭の中を“視て”いるらしい。
「シズクの様子はどうだったんだよ?」
「それが……精神に入れないのよ」
いのが眉を潜めて言う。
「シズクが拒絶してるの。阻まれてビクともしない」
「敵の精神操作でロックされてんのか?」
「多分ね。通常はどんな精神操作の術でも少しずつ攻略していけるもんなのよ。現にお父さんはいま雨忍の深層に近づいてるし。でもシズクはまた違う様子で……こういう時って、本人の意思が一番強力なのよね……」
「なら尚更開示できんじゃねーのか。アイツの精神はゴキブリ並みだろ。敵の操作に屈するか?」
オレは中忍試験を思い出していた。サクラがいのの心転身を解いたのはサクラの精神力によるものだった。いのがシズクの心に直接働きかけてんなら、アイツなら強引にでもそれに答えようとすんだろう。
「まるでダメなの。まるでシズクに拒否されてるみたいだわ」
敵のセキュリティじゃなく、いのが言った通りシズク自身の意思が精神介入を拒否してるとしたら。
里の不利をシズクが理解できないわけがない。自来也様の死はでかい損失だ。止められなかったシズクの心に深い罪悪感をもたらしてるかもしれねェ。
だが、それであいつが殻に閉じ籠るか?
一体何があいつをそうまでさせんだ。
雨隠れで何があったんだ。それを直にシズクの口から聞くよりも先に、事態は動き出していた。
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