▼もう忘れたよ

無骨な鉄塔が立ち並ぶ雨隠れの忍里。配水管が網の目のように張り巡らされ、塔の下層ほど貧民が住む。
雨隠れにおいて高さは支配階級を暗示する。
里のすべてを束ねる指導者・ペインのいる、西の塔の最上階。カプセルの中のシズクは、今や長門に操られるだけの人形。息をしていても意思は死んでいるといっていい状況にある。

「長門 良かったの?これで」

「シズクは感情の奥底で木ノ葉の仲間を想っている。操っているオレには分かる。オレたちには賛同しないだろう…ならば、傀儡となった方がマシだ」

「じゃあ…もう怒りを露にすることも、絶望にうちひしがれることもないのね」

「ああ」

長門は掠れた声でそう答えた。

弥彦を失ったあの瞬間から、優しかったはずの長門は人を愛する心を排除してしまった。長門にとってシズクは唯一の家族であるのに、冷酷にも血の繋がった娘を操り、駒としているのが動かぬ証拠だ。
全ては長門の決めたこと。今さら引き返すことはできないと小南は心を決めていた。

「彼女の笑った顔を一度も見なかったわね。チセは本当によく笑う人だった」

「…もう忘れたよ」

長門の返事は冷酷なものだった。
小南は無言で部屋を出ていった。


夢の中で、長門は湿った草原を踏み締めていた。
体が重く気だるいのは、先程相手した忍の刃に毒が塗られていたから。まだ組織名が“暁”となる以前の、懐かしい記憶だ。

周辺に敵の影はなく、毒も直に治まると判断し、長門は木陰に腰を下ろした。しかし予想以上に毒の回りが早く、急激な眠気に襲われ、長門は意識を手放したのだった。

「…!」

どれほど無防備に身をさらしていたのか。気づけばチャクラの気配がして、何者かが自分の体に手をかざしていることに気が付いた。
油断していた。
長門は鈍い体を動かしてその人物の背後に回り込み、クナイを首に突き付ける。

「貴様、残党か」

「お待ちください。私はあなたの敵ではありません」

長門のクナイに臆することなく、女は両手を上げて抵抗する意志がないと言う。

「私は忍ではありません。通りがけに倒れているあなたの姿を見つけて、看病しようとしただけです」

「忍でないならなぜ医療忍術を?」

「医療忍者であった母から 医術の心得を教わりました。他は戦い方もおろか、武器の握り方すら私は知りません…毒の治療を任せてくださいませんか」

自分のことでもないのに懇願する女に、まるで弥彦のようだと感じた長門は、彼女を解放したのだった。

治療を受け、仲間の待つアジトに戻っても、長門はその日会った謎の女のことが気にかかっていた。クナイをつきつけられてなお凛々しい振る舞いを忘れられなかった。遭遇した地点に見回りをこじつけて訪れては、彼女がいないかと探す。
繰り返すこと数回、ある日ようやく、長門は恩人を見つけ出した。

「ご無事だったんですね。お体の具合はどうですか?」

本性もわからぬ忍のに、たまたま道端であった知り合いのように穏やかに話し掛けてくる彼女。
そういう些細なところが小南や弥彦に似ていた。

「治療をありがとう…この前は手荒な真似をして済まなかった。僕の名は長門というんだ」

長門が感謝の意を述べると、女は微笑んだ。

「私はチセと申します」

チセの笑顔を見たのはこれが最初だった。

自分は母親亡き後、このあたりにひとりで住んでいるのだと チセは長門に告げた。忍である自分を語れない代わりに、長門は生活を共にする仲間たちのいいところや雨隠れでの好きな場所をチセに話した。

「また…来てもいいか」

別れ際に告げると、

「どうぞ。いつでもいらしてください」

チセはいっそう嬉しそうに笑っていた。


愛した夜に罪はなく、悔いはない。
そばに居られれば良い。
そのささやかな願いは常に奪われ続けてきた。

陽の照る里の未来を夢見て、弥彦は長門と小南、そして賛同する仲間たちと共に組織を立ち上げた。真の平和を求め、言葉という盾を護りに、剣を鞘に封印し“闘った”。

しかしその努力は虚しく潰えり、長門たちの苦労など知らない第三者の卑劣な裏切り行為によって、仲間たちは一人ずつ死んでいった。弥彦も犠牲になった。小南はもう笑わない。チセは長門のもとを去った。

この里には止まない雨が降る。虹はかからない。奪われるのは“正しい者”なのだ。

何でいつも叶わない。
弥彦が、小南が、チセが何をした。
何もしていない両親の死を皮切りに、長門は生きる度大切なものを失い、その分の痛みをしょいこんだ。
愛は時に激しく狂おしく、刃となって心を傷つけ 炎となって身を燃やす。
ならばこの 人ひとりの体に背負い切れない冷たい苦痛こそが、これから同じ分だけ、世界で共有されれば良いのだと気が付いた。

言葉や慈愛の盾を捨て、もうすぐ長門は、痛みでできた爆弾を投下する。

「長門」

程無くして小南が再び扉を開いた。

「シズクがいなくなったわ」

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