▼知らぬが仏

信じてはいけない。この死体は偽物だ。腕のいい医療忍者が私に似せて造ったに違いない。雨忍が木ノ葉を潰すために私を陥れようとしているだけだ。
見ちゃダメだ。
一度目で確かめればそれが真実になる。

「その傷を見ろ」

見たくない。
顔を背けて目を瞑った。ペインの1人が私の頭を掴み、棺に押し付ける。頬に、冷たい感触。

「チセの体にある傷は、毒の塗られたクナイによるものだ。彼女を死に至らしめたそれを放ったのは木の葉の忍だ」

何も聞きたくない。

「なんで……そんなことがわかるの…」

「チセに刺さっていたクナイは木ノ葉のものだったからだ…お前を木ノ葉のはずれに捨て置くため、国境沿いを渡った直後 おそらくチセは木ノ葉の警備隊に刺された」

長門は淡々とした口調で話を続ける。

「回復能力を持つチセがそれで命は落とすとは考えられない…チセは橋へ向かい、お前を捨て置いた帰路で木ノ葉の忍に見つかったのだろう」

喉はとうに枯れ、そうでなくとも反駁する意思はもう残っていなかった。
風が吹くように言葉は耳を抜けていく。

「衰弱していたチセは毒によってさらに力を無くし、息を引き取った。帰らないチセの身を案じた小南が探索に向かったが 発見したのは遺体だった」

何も聞きたくはなかったし、何も考えたくはなかった。
どこかから 雨の匂いが。

もうペインは私の体を拘束してはいない。敵を殺せるはずなのに手が動かない。チャクラ刃は未だ健在だが、私の体か心か 決定的な何かが折れていた。
私は長門の説明を、もう嘘だと否定することは出来なかった。
鋭研がれた刃のような殺気もいよいよ失せ、敵とも肉親とも呼べる男の正面で、無防備に己を投げ出している。

「チセはオレにお前をひた隠ししていた。近年になり、小南が真実を暴露して、オレはお前の存在を知った」

「あなたの言ってること…わかんない、…ぜんぶ……」

「お前の母の仇は木ノ葉の忍だ。そしてオレの仇も、オレの両親を殺したのもまた、木ノ葉だ」

長門は一度口を閉ざし、深く息を吸い込んだ。
肉のついていない腹部が痛ましく上下する。

「オレの両親は医者だった。まだ親子三人が一緒だった頃 オレの一家は安全な市街地には疎開せず、戦地に残った。怪我人の残った地域に寄り添い、医療奉仕をするためにな。しかしそのことが仇になった。戦地にいた木ノ葉の忍たちは、民間人だった父と母を忍と見誤り……浅慮で殺めた。この瞳は そのときに開眼したものだ」

長門は波紋模様の瞳を見開き、私をしっかりと捉える。

「何があったかは自分でも判らなかった。気づけば木ノ葉の忍たちは、両親と同じく動かぬものになっていたよ。……それから全ては始まった。自来也先生こそ違ったが、いつ何時も、木ノ葉の魔の手によってオレの幸福は握り潰されてきた。ダンゾウがいい例だ」

ダンゾウ ?

「両親を失いさ迷っていた時分、オレは自来也先生に出会った。彼に忍術の手解きを受けた。先生と別れると、仲間たちと共に活動を始めた。争いのない 本当に平和な世界を目指した組織こそが “暁”……しかし我々の組織は貶められた。ダンゾウの手引きにより、オレたちは“山椒魚の半蔵”と決別し 仲間は殺された。あの日は、まるで地獄にいるような気分だった」

「ダンゾウがなぜ…あなたたちを陥れる」

「お前が信じていた木ノ葉隠れとは もとよりそういう里だ。自らの保身だけで 世界のことなど何も考えてはいない。我々の平和への願いなど、ダンゾウにとっては若者の戯言程度でしかなかったのだ。オレは木ノ葉も、オレの全てを奪ったこの世界も、何もかも憎くてたまらない。オレは世界に痛みを与え、この苦しみの連鎖を断ち切る……この瞳でな」


暗闇に、薄紫の目が揺れている。自来也様を殺した長門の あの瞳。

「この瞳は輪廻眼といい、忍の祖とされる六道仙人が持ち、乱れた世に創造と破壊のいずれもを与える神の目だ」

彼は私の父。その事実が本当なら―――
そう考えたとき、私の体にさらなる恐怖が襲ってきた。私が何を連想したか分かるのだろう、長門は微笑んでいる。

「そう お前もいずれこの眼を開眼するのだ」



がらがらと何かが崩れていく音がした。

「大国の平和のために 我々は血の雨を身に受けてきたが、それもじきに止む。痛みを以て、不条理な世界をもう一度覆す。本当の夜明けを迎える……それが暁の使命だ。お前は自来也を殺した犯人の娘であり、暁の首領の娘であり、のちの雨隠れの後継者だ。真実を知った今 もはやお前は木ノ葉隠れには帰れまい」

これは何の罰なの。罪なの。誰か物事すべてに意味があるならここへきてそれを説いて。優しい現実があるなら今すぐそれを見せください。なぜ私がうまれてきたのか教えてください。
私の存在は何。木ノ葉で生きてきた17年は。大切な大切なあの日々はどこにいったの。
すり抜けて掴めない。

――――神様、いきるって こんなことなの。


「……知りたくなかった…こんな…真実なら…なにも…知りたく、なかった…」

長門は私を見、最後に一言呟いた。

「ならば忘れてしまえ」

輪廻眼の瞳を逸らすことが出来なかった。
私の血には、この男の血が半分流れている。そしてチャクラの半分も。体が操られ、だんだんと意識が離れてゆく。
研ぎ澄まされいく。

長門の指示か、小南が何かを持って、私の右手をとった。
それは、指輪だった。淡い紫色のチャクラ石に、“零”という文字の入ったもの。色違いで同じ形のものを、奈良家の森で拾った。“暁”に与する者がはめる指輪。

「お前に与えよう」


昔、小さな頃に 夢を見た。私のところにある日、私によく似た父と母がやってくるの。一人にしてごめんね、これからは一緒に暮らそうと彼らは言い、私は笑ってその手をとるの。

――けれど 今日は悪夢で終わりを告げた。
ほんとうに神様のこどもだったらよかったのにね。

ペイン達も小南も長門も去り、そこには私だけが残っていたが、何も感じなかった。外の泣き叫ぶような雨の音も心に届かなくなっていた。

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